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風流に「水無月」と呼んだ方が馴染みが来ます。 さて、当米国中西部イリノイ州の田舎町にも初夏の兆しがして来ました。 5月(皐月)の三週目頃までは、天候不順で時には30℃を超え又時には一過性の雷雨と体調の調整に苦労いたしました。例年にならって、菜園に”大根、きゅうり、小かぶ、葉ねぎ、水菜、茗荷”を植えたり種蒔きに精を出しましたが、やっと発芽してホット一息ついたこの頃です。
しかし、一週間前、茗荷と水菜の若葉を「野鹿」に食われ一時は、カッと来ましたが相手も食探しで大変だろうと、心の大きな所を見せ、それこそ「ドット・悠々」の心意気の心境、幸い若葉だけで「根」は残っていますので安心。 以前、大型の器に「塩」を入れて「野鹿」の通り道において置きましたが、少しばかり「食べた」様子でした。
*閑話休題* {盛塩}の由来: 約1730年前の”晋”の初代皇帝=司馬炎(武帝)=は、”呉”の国の滅亡で気が弛み、浪費家で好色になってしまった。後宮は一万以上と言われ、大型の「鹿」(或書物には、羊と書いてありました)の引く車に乗って、女達の個室の前を通り、気の入った女性を探していたが、ある頭の良い女性が、自分の部屋の前に竹の葉を挿して、「塩」を播いてあったが、鹿は好物の「塩」を見つけて脚を止めた。その為、皇帝に見初められた、と言う事で、現在でも、料亭、料理店、寄席などに「盛塩」をする習慣が残っています。
これからも、野鹿や野ウサギ達と「半分、悠々」の共生を楽しみたいと思っているこの頃です。因みに、茗荷の若葉を食べた野鹿君、「物覚え」が悪くならないでしょうね。
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