中高年・シニアの徒然なるままに思うこと

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朝に歩けば(13) ああメタボリック・シンドローム
By  ブルートントン


犬 私の街には高級住宅地帯がある。その前には約10万坪の都立公園がある。東京都内にはこうした大公園が点在する。地元の区が移管を望んでも都は首をタテにふらない。にもかかわらず管理は不充分である。公園については別に機会にしっかりと書きたいので、これ以上は触れない。が、早朝歩きの公園では、昼間見られない光景がある。

その一つは、お犬様天国。たぶん隣接する高級住宅街と無関係ではない。犬の愛好家が集まるのだ。公園周辺はまるで犬の展示会場になる。私は子どもの時、自分より大きい犬に軽く噛まれて大泣きしたことがある。それいらい犬が怖くなり大人になっても近づかないようにしている。

犬については、いま執筆中の小説の中に犬が登場するので1790年代の犬を調べているところだが、最近、早朝の公園でみる犬は、多くが外来種で小さい。テレビCMで人気者になった小型犬も多い。そうかと思えば、人間より大きい素晴らしい毛並みをした美しく見事な外来種もいる。どう見ても20万円から80万円はするだろうと思われる犬を連れて歩く人が多い。連れて歩く人はさまざまである。

犬が立ち止まれば自分も立ち止まる。犬が走れば自分も走る。犬がおしっこをすれば横で立っている。このおしっこは不思議に、どの犬も同じ木の下にする傾向がある。そのあたりは思わず鼻をつまみたくなるような悪臭に満ちている。さらに犬がウンコをする。終わるのを待って、そのウンコをビニール袋に入れる。人間は犬に引っ張られるように歩く。

人間は召使いである。一生懸命犬に話しかけている人もいる。おしゃれな服を特製して着せてある犬もある。問題は、このあとだ。毎朝、顔を合わせる犬連れ族達は2、3メートル幅の道路でも平気で立ち話する。話をするわけでもなく犬と犬をじゃれ合わせる光景もある。黙って犬のお見合いをさせていることもある。この場合はお互いにグチをいいながら自慢競争をする。

関係なくウォーキングする通行人などは、まったく目にはいらない。気使いすることはない。一人で2匹や3匹を連れて完全に道を遮断する。リール(紐)をたぐり寄せているわけでもない。2メートルほどもあろうかと思われる長さを短くするわけでもない。「ここは犬の散歩道なのだ」といわんばかりである。

一般の人間は通行禁止にしても平気だ。いったん立ち止まって、その道を通ろうとする。じろりとこちらを見て、お犬様の家来は通るなら通ってみろといわんばかりだ。戻って回り道するのもしゃくだから、リールをまたいで通りすぎる。2匹と1匹を遊ばせて立っているオバサンとオジサンが夢中になって話していた。私がリールをこえてわたると三匹の犬が私の足許に鼻を寄せてきた。

人間と違って犬は人なつっこい。しかし、こちらは足がもつれそうになって危うく倒れそうになる。それでも2人の中年男女は知らん顔だ。めずらしい話ではない。犬に関しては、もう一つ危険な出来事がある。

続く






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