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【投稿連載】

問い質す!憤懣やる方ない、この怒り。
 
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(2)笑えないぞ!その5

by イジワル・ジイサン
中国イメージ

昨年(2004年)見逃せないニュースがあった。たとえば5月、中国は境界線ぎりぎりで海底油田ガス採掘建設に着手した。11月は日本海域で中国の潜水艦が航行した。その直後、小泉首相が「中国も大国になったし、もう資金援助はいいのでは」とつぶやいた。この発言はクローズアップされなかった。

私は妻に「こんな発言をして大丈夫かな」と話した。さらに日本は国連・常任理事国入りを活発に運動した。中国は反対した。次いで、ことし中国で反日運動が激しくなった。もう取れるだけ取ったということだろうか。また謝りながら資金協力することになるのか。
中国は共産党1党独裁の軍事国家である。陸軍155万人、海軍29万人、空軍41万人、第2砲兵(ミサイル)部隊9万人。仮想敵国はどこか。

ことし(2005年)5月、訪日した中国の副首相が小泉首相と会見する約束をしながらドタキャヤンした。各テレビの評論家達は「政冷経熱」「子供の喧嘩」「非礼」「歴史認識の違い」と繰り返した。が、これは枝葉末節。

国連・常任理事国入り反対の一環であり、経済援助の継続であることは明白だ。アメリカが傍観したのは牛肉問題で日本が頑固だからだ。靖国問題は中国の表面的な口実であると小泉首相はいいたいに違いない。

中国が歴史認識を問題にするなら、日本、朝鮮半島、中国、ベトナム、インド、ロシアの歴史を2000年前から検証しなければならない。いいのかな。

漢字、宗教の大半は大陸から流れ着いた人々によって日本流に開花した。九州だけでなく関東にも朝鮮半島の内乱やジンギス汗から逃れてきた人達がいる。日本人はこれを好意的に受け入れた。
716年(霊亀2年)5月、駿河、甲斐、相模、上総、下総などに朝鮮半島から1799人が入植した。758年(天平宝字2年)父でも帰化人の鉱山師が日本ではじめての自然鋼を掘り当てている。時の天皇はこれを慶事として元号を和銅とした。武蔵野は「銅で光る国」と認識され帝都建設の勅を下す。

平清盛(1118〜1181年、大輪田泊(神戸港)を開き、宋(中国)と交易を盛んにした。しかし、大陸では侵略戦争が繰り返されていた。

日本が、はじめて外国から侵略されたのは1268年(文永5年)元国(中国)の国書をもって日本を訪れた高麗(朝鮮)の使者にはじまる。この頃、元国はジンギス汗から3代目のフビライ汗で元国はベトナム、インド、朝鮮半島を支配していた。今度は「日本も従え」というわけである。鎌倉幕府の執権・北条時宗はこれを無視、東国にいる西国(主に九州)の御家人たち(武士)を帰国させた。その6年後、10月3日、元や高麗の船団900隻に2万800人が武装して日本侵略へ向かい、対馬の日本人を皆殺しにした。翌日、壱岐では男を皆殺しし、女は暴行を加えたのち掌に穴をあけ縄を通し数珠つなぎにして舷につないだという。

10月20日、九州・博多に向かい、今津、箱崎、百道原に上陸した。この時、元は鉄砲を使っている。日本は敗北を続けたが、夜になって元軍は船に戻った。その夜、海は嵐に遭い、船団のほとんどは沈んだ。元軍は13500人がおぼれ死んだ。世にいう蒙古襲来のはじまりである。

1275年(建治元年)4月、再び元の使者が訪れ「臣下になれ」と国書を渡すが、北条時宗は江ノ島滝の口で、この使者を斬首した。今度は今津・長浜から箱崎までの約20キロの海岸に防戦用の石塁(石垣)を築いた。1279年(弘安2年)再び、元使が訪れるが、この使者も博多で斬首された。2年後、元軍は10万の兵で、博多を襲うが、7月1日夜半、突如として暴風雨が博多湾を襲い、元軍は相次いで沈没した。翌朝、難破した元の漂流者を生け捕りにした数は2万3000人という。蒙古といえばモンゴルやジンギス汗を連想する人が多い。いまでも蒙古襲来というが「元=中国の襲来」が正しい。

日本は戦国時代に入り、織田信長が天下を取ると南蛮交易を盛んにした。元の襲来を知る信長は明国(中国)を狙っていた。その意志を次いで豊臣秀吉は朝鮮半島を攻めた。狙いは背後の明国(中国)である。すでに九州の長崎はイエズス会領になっておりポルトガルの植民地になっていた。この案内をしたのは明国人である。秀吉はこれを取り戻し直轄領とした。

徳川幕府時代になり明国や朝鮮と条約を交わし(1609年)平和な交易を回復した。時は海洋時代のはじまり。長崎を窓口にして明朝とみ交易、やがてオランダが加わるようになる。こうして日本の鎖国時代は約250年間も続く。この間、琉球(沖縄)が南海交易の要となり諸外国から狙われ日本の薩摩藩が占領する。また南海諸島各地の友好的な国には日本人村が多く存在していた。日本はアメリカ、ロシア、イギリスと和親条約を結び、あらたな時代へと進む。明治、大正、昭和となる間、世界中が軍国化、日本もその波に乗る。

第1次世界大戦では英仏の要請により連合軍に加わり戦後、5大国の一つとして国際連盟の常任理事国になる。この折、ドイツの権益、山東省と南海諸島の権益を譲り受ける。(1927〜1928年)

第2次世界大戦でアメリカに敗戦した日本は憲法で永久に戦争を放棄した。いらい日本は謝罪を繰り返し巨額の経済援助をした。いま中国へ年間約1600億円(ODA)を経済協力、中国は他国に約600億円のODAを供与している。ちなみに中国の通貨は元(1元約14円)である。

元は覇権主義を取り戻しつつある。いまでも中国人は日本人を倭奴と書く。倭は小人、奴は奴隷の奴であることを知っておこう。
つづく。




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