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NHKの功罪11
NHK放送の番組は「中立公正」を旨にしている。しかし政府の関与は当然のように行なわれる。そんな空気の中であっけらかんと番組企画に口を出した大臣がいた。昭和56年から翌57年まで郵政大臣をつとめた箕輪登衆議院議員だ。当時、箕輪郵政大臣は逓信委員会で、こう発言していた。
「私は最近のテレビ放送で、最も感動を覚えたのが中国の残留孤児と肉親の出会いだった。とくに肉親と会うことができなくて、失意のうちに帰って行く孤児の方々をみて、さらに肉親に会いたいと申請している孤児の方々が、まだ900人もいることを聞き、これは毎年60人ずつ日本に呼んでいたら10年以上かかると思った。その間に肉親も年老いて死ぬことがある。このままでは人道的問題ではないか。(NHKが)現地へ行って、昔の満州地方、瀋陽へ行き、残留孤児の方々に集まってもらい、これをビデオに撮ったり、少し金はかかるが宇宙中継で2元放送する放送をしてはどうか。この放送の対話で、あの町のあそこの角にタバコ屋さんがあったとか、あなたは頭に傷をつけたはずだとか、こんなやりとりをすると、非常に効率も上がると思う」
中国残留孤児の問題が「まだ戦後は終わっていない」ことを日本中に再認識させている時であった。箕輪郵政大臣のご意見は決して非難されるような話ではない。ただし問題は予算と指導権を持つ郵政省トップが、ここまで細かく番組企画を立てるとNHKはたえず政府のご意見を聞きながら番組をつくらなければならない。まして公の場で、こうした発言をするとガ然政治色を浴びてくる。与野党から「番組企画はNHKで立案するものであり、担当大臣が細かく内容まで提案するのは、あきらかにNHKの主体性を無視するものである。政治介入だ」「思想や生活条件の異なる中国側の意思はまったく考慮されていない。これでは外務省の立場もあるまい。とこにテレビ局の海外取材は相手国の多様な制限があるのだ」などの拒否反応を受けることになった。箕輪大臣は、わざわざ坂本前NHK会長や浅野民放連会長を呼びつけて提案したのである。
個人的には、箕輪登郵政大臣は愛嬌のある政治家の一人だと思う。個人的な利益誘導とは無縁であったからである。大正13年生まれ。小樽出身。北海道帝国大学医学専門部を卒業。医師となり開業するが佐藤栄作元首相の秘書兼専属医師になる。何度か総選挙に出馬して落選、1967年初当選。佐藤派分裂後は田中派に所属。防衛政務次官、郵政大臣(鈴木善幸内閣)、党副幹事長などを歴任した。1990年に政界を引退したが、2006年5月、肺炎で死去した。享年82歳。
この人物が最近話題になった。後輩の小泉首相や石破防衛庁長官を批判し「自衛隊のイラク派兵は憲法違反だ」と裁判所に訴えたのである。
(続く)
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