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【投稿連載】

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(2)笑えないぞ!その42 『テレビの品格(9)』

by チェック・ライター
NHK
NHKの功罪 6
 
その頃から受信料の集金は停滞していた。NHKは「フクロウ部隊」を編成して契約件数アップにつとめた。フクロウ部隊とは特別営業対策班のことである。東京と大阪に各百人の専従員がいた。夜まわりが多いためフクロウの名がついた。昼間は共稼ぎで不在の住まいが多い。罰則がないことを知っている視聴者とのやりとりが問題になったこともある。

最も象徴的な出来事は成績をあげるためにNHK職員が受信契約書を勝手に作成したことである。東京・立川の未亡人が「死んだはずの夫の契約書がある」と警察に訴えた。受信料の不払い問題は、NHK批判にすり換えられていく。一説には「4億円を集金するために8億円の経費をかけている」ともいわれた。

衆議院逓信委員会では社会党の阿部未喜男議員が「民間の保険会社では契約ごとに歩合がもらえる。1軒契約を取れば5千円、8千円とってもいいではないか。また一世帯に2台の受信機があれば2台分の受信料を取ってはどうか。カーラジオからも取るべきだ」という発言をしている。坂本NHK会長は「長期ビジョン検討会議の大きなテーマとして検討する」と答弁していた。

昭和57年。NHKと受信契約している視聴者は2千9百万人。日本のテレビ保有台数は一家に二台平均、約4千万台であった。ただし年間240万世帯が転居していたから追いつけるものではなった。おまけにまだ白黒の受像機が10%も残っていた。NHKはカラーも白黒も同じ受信料を取る放送法の改正を進行させていた。それは現在の、アナログからデジタルへ切り替える手法と似たものがある。

7月3日。NHKの新会長に川原正人氏(当時60歳)が就任した。坂本朝一前会長の任期満了に伴うものである。川原正人氏は昭和18年に東大経済学部を卒業、同21年にNHKへ入った。社会教育部長、テレビ教養部長、職員局長、人事局長、報道局長を経て、昭和48年7月に理事となり、51年から54年7月まで専務理事、人事本部長をつとめ、昭和55年6月にNHKの外郭団体、NHK美術センター社長へ天下りしていた。それが古巣へ天上りしたわけである。

この会長人事には暗闘があった。吉武信経営委員会委員長は学者には目もくれず財界人にだけ新会長を求めていた。UNNライン(上田哲代議士、長沢泰治NHKサービスセンター理事長、中塚昌胤NHK副会長)の影響力を排除したいのだ。しかし三井造船の山下勇会長に白羽の矢を立てたが敬遠され、財界からの会長誘致はことごとく失敗に終わった。年収は約1500万円、巨額の赤字、受信料の値上げ、労組との神経戦、受信料不払い運動、マスコミからの批判…。ろくなことのないNHKであった。泥をかぶってまでNHKのために骨を折るという財界人はいなかった。


(続く)




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