
|
NHKの功罪 5
吉武委員長は、このように答弁している。「…経営委員会は国民に対し、ある程度公開しろという意見はあるが、そういう場合は議論をして、やはり非公開のほうがいいという立場をとっている。この立場で経営委員会と日本放送協会が、やっていくのが効果的ではないかと思う。経営委員会は何をしているのか。放送法の基本方針に書かれている職務を完墜しているのか、という意見はあるが、私達はそれをいちいち公開して、いろいろ答えることが、果たして業務の運営について効果的であるかは、ちょっと疑問を持っている。(中略)基本的には経営委員会は、非常に活発に論議し、活発に諸案件を議決し、その責務を充分つとめている。世上いわれるような形骸化はしていない」これは公式な記録の要約である。発言する委員長は朝日新聞社社友。内容は、経営委員会として機能しているということであろう。民間企業でいえば役員会議なのだ。ところが同委員会の事業計画書や報告書はない。
NHKは、会長の諮問機関として昭和50年7月にNHK基本問題調査会が発足した。また5年後の昭和55年7月には、NHK長期ビジョン審議会が発足した。経営委員会の事業運営は、こうした調査会や審議会が下敷きになっている。審議会の顔ぶれもすごい。当時のメンバーをご紹介しておこう。
会長=加藤一郎・東京大学教授、会長代行=吉国一郎・地域振興整備公団総裁。委員=芦部信喜・東京大学教授、岩井章・国際労働運動研究協会会長、内川芳美・東京大学教授、江村稔・東京大学教授、岡野俊一郎・日本オリンピック委員会総務主事、加藤周一・評論家、加藤寛・慶応義塾大学教授、菊地正次郎・日本郵船会長、小林庄一郎・関西電力社長、小松左京・作家、酒井新二・共同通信社専務理事、沢地久枝・作家、紫田徳衛・東京経済大学教授、高原須美子・評論家、堤清二・西武百貨店会長、以下略。
審議会は小委員会をふくめて約半年間(昭和55年7月17日〜昭和56年1月8日)で16回の会議を行なっていた。顔ぶれのよさから見ても、この審議会のほうが経営委員会より権威があるといわれたことは、わかるような気がする。余談だが東大教授の名が多いことに一言。
この頃は中央省庁の官僚、大手都市銀行でも東大卒が出世頭であった。企業の見本ともいうべきNHKの心臓部は、こうした人々によって動いていた。いや名前だけ並べていたのかも知れない。そうでなければ、その後の経営が、まことにおそまつであったことに結びつかない。このメンバーがまじめに委員をつとめていたら、その後のNHKは誇るべき企業体に成長したに違いない。しかし東大卒が日本のリーダーとして有能であったら、いまの日本は、もっとましな姿になっているはず。という声もある。東大幻想時代でもあったのだ。
(続く)
|