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【投稿連載】

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(2)笑えないぞ!その27『喜劇が消えてゆく(6)』

by イジワル・ジイサン
フランキー堺
幕末太陽傳

出演: フランキー堺, 石原裕次郎,南田洋子
監督: 川島雄三
販売元: 日活

戦後の喜劇映画はなぜか音楽人との関係が深い。
 
終戦直後、進駐軍のキャンプでジャズバンドのドラマーとして働き、映画の喜劇俳優になったのはフランキー堺(本名=堺正俊)であった。

昭和を代表する喜劇役者の一人といわれている。私の青年時代、最も印象に残っているのは昭和32年に封切りされた日活映画「幕末太陽伝」(川島雄三監督)であった。日活は前年に映画「太陽の季節」を大当たりさせている。石原裕次郎が一躍スターとして躍り出た時期である。

川島監督は、この主役級の裕次郎を脇役に使った。主役は何とフランキー堺であった。坂本竜馬を演じる裕次郎の時代劇姿は意外によかった。その裕次郎とフランキー堺が立小便しながら会話する場面を、あっけにとられて観たものである。主役のフランキー堺は落語「居残り佐平次」を演じた。この映画は多くの落語や歌舞伎をもじったストーリーで幕末の青春を描いた日本映画の代表的作品の一つである。めずらしく質の高い喜劇映画であった。喜劇映画の歴史にさんぜんと輝く出来事といってよい。

新鮮というより着想も演出も鮮烈であった。驚きがあった。日本映画はフランス映画のレベルを抜くのではないかと思ったくらいである。喜劇映画に見え隠れするするのは、時代を風刺するという監督達の遊びごころであった。だが、さすがに新しい試みは表も裏も多くの問題を起こすようだ。作品は上質でも会社は赤字を出した。

社会風刺の原点はチャップリン映画だと思う。そのチャップリンでさえ映画「独裁者」でアメリカ政府から締め出された。が、日本では自己主張が許され太陽族ブームに乗って、監督や俳優の一部は社会派をめざした。チャップリンと違うところは、そのぶん喜劇のトーンが落ちていったことである。売れ出すとマジな役者になりたがる。

フランキー堺は次第に観客より自分の趣味にのめりこんだ。理解に苦しむ「写楽」(篠田正浩監督)で企画勢作までやってしまうのである。この映画では多額の私財を投じたといわれる。日本人のすべてが敗戦から立ち上がって自由と独立に夢を抱き、新しい時代を切り開こうとするエネルギーに満ちている時でもあった。

そのエネルギーを、老若男女にわかる喜劇映画づくりに費やしてもらえたら、よかったのにと思えて仕方がない。すでに喜劇映画といえば大した費用もかけずにできるという傾向が強まったからである。映画会社は質より量、文化より経済に重点をおくようになった。

森繁久弥と共演だった喜劇映画「駅前」シリーズ」では、次第に主役の座を明け渡すようになり、テレビドラマ「赤かぶ検事奮戦記」で演技派俳優として生き残る。そこには喜劇はなく検事・堺があるだけであった。フランキー堺は1994年に紫綬褒章を受け、その2年後、67歳で他界する。

私はフランキー堺の見事なドラマーぶりが好きだった。ドラム叩きをあれほど見せてくれるドラマーを、その後見たことはない。だが、どうしてもフランキー堺を喜劇役者だったとする説には抵抗がある。彼は喜劇役者でなく、器用な俳優、大学教授というレッテルで生涯を終えるからである。 

(続く)




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