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【投稿連載】

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(2)笑えないぞ!その25 『喜劇が消えてゆく(4)』

by イジワル・ジイサン
道頓堀
道頓堀
昭和34年(1959年)3月。大阪・うめだ花月劇場がオープン。「アチャコの迷月赤城山」の実演が話題になった。これは吉本バラエティ(吉本興業)のスタートであり毎日放送との「テレビ時代を視野に入れたタイアップ」であった。
 
笑いの本場といわれた大阪には、伝統ある松竹新喜劇の存在が大きい。こちらは日本初の喜劇団である。五郎と十郎という兄弟が大阪に古くから伝わる芸能・仁輪加を本格的な演劇につくりかえた。仁輪加は、歌舞伎のパロディであり軽演劇。ギャグはあっても人間の業を描いた本筋がしっかりした芝居。

これにくらべて吉本新喜劇はナンセンス演芸。スートーリーよりギャグ。演技よりキャラクターで勝負する路線を走った。劇団経営感覚から、商社的感覚の企業化へ突き進むのである。しかし演技派は、その中からも生まれた。
 
昭和37年。私と妻は大阪見物に出かけたことがある。その時「入場無料で時代劇の実演が見られる公開番組がある」と聞いて、淀川沿いにある朝日ホールへ行った。そこでは連続テレビドラマ「てなもんや三度笠」(ABCテレビ)を観た。主役、あんかけの時次郎は背の高い新人、藤田まこと(28)であった。人気絶頂の白木みのるや財津一郎が共演、ベテランぞろいの中で、突然、時次郎がこう見得を切る場面がある。「おれがこんなに強いのも当たり前田のクラッカー」とCMを劇中でやるのである。前田製菓がスポンサーだ。この頃の藤田まことはコメディアンとして声帯模写や司会の仕事をしていた。歌もこのころから歌っていた。
 
それから約30年後、私は雑誌の取材で東映東京撮影所を訪れ、藤田まことに1時間話をすることができた。すでにテレビドラマ「必殺仕事人」中村主水役で一流の俳優になっていた。会話も静かで、ひかえめであった。喜劇役者であったころの話を聞こうと思ったが、そんなことを聞いたら失礼ではないだろうかと思うくらい大きな人物に見えた。

その後、藤田まことがテレビドラマ「剣客商売」で女優・小林綾子と共演しているのを見て、私は心から喝采を叫んだ。「おしん」で世界的に有名な小林綾子は、私の会社が10周年記念祝賀会を開催した時、ノーギャラで出席してくれただけでなく、花束まで出してくれた女性である。私にとっては女神のような女優がコミカルな役で、私の好きな藤田まことと共演するなんて夢のようでうれしかった。

池波正太郎原作の「剣客商売」は、時代劇の要素をそろえたドラマである。時代劇はチャンバラとお色気と笑いは不可欠だ。その条件を満たしながら江戸時代を美しく描く。しかも田沼意次を悪人扱いしていないところがよい。もちろん喜劇ではない。しかし孫のような、息子より若い娘を妻にしている設定が絶妙である。主人公の藤田まことがむずかしい顔をしていても、どことなく、おかしさがある。「はぐれ刑事」で女装したことがあるが、その不似合いさが妙にはまっていた。喜劇を乗り越えた役者は、なぜ、こんなにうまいのかと感心する。ちなみに私は藤田まことの歌「月が笑ってらぁ」をカラオケで歌う。いま藤田まことに「吉本」というイメージはない。喜劇役者というイメージもない。 


(続く)




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