目次
  1. お笑い番組
  2. 笑いの効用 
  3. お気に入り芸人
  4. 若者について
  5. 倭奴
  6. 終戦記念日
  7. 卓球の愛ちゃん
  8. 2005年の暑い夏
  9. 愛のエプロン
  10. 衆議院議員選挙
  11. 税金の使途
  12. 選挙助成金は不要だ 
  13. 区議会議員の給料をご存知?
  14. 国民が悪い? 
  15. 高齢者の性 
  16. 俳優・上原謙 
  17. 老人ホームにおける結婚話
  18. 高齢者の性
  19. 老人ホームでの事件 
  20. 若者顔負けのワル
目次
  1. 愛と死
  2. 愛染かつら
  3. 美空ひばり
  4. 森繁久弥
  5. 笑いの本場・大阪
  6. 藤山寛美
  7. フランキー堺
  8. ハナ肇とクレイジーキャッツ 
  9. シャボン玉ホリデー
  10. 青島幸男-1
  11. 青島幸男-2
  12. 男はつらいよ
  13. 渥美清
  14. 林家三平
  15. 納豆ダイエット 
  16. テレビ番組
  17. NHKの功罪-1
  18. NHKの功罪-2
  19. NHKの功罪-3
  20. NHKの功罪-4
目次
  1. NHKの功罪-5
  2. NHKの功罪-6
  3. NHKの功罪-7
  4. NHKの功罪-8
  5. NHKの功罪-9 
  6. NHKの功罪-10 
  7. NHKの功罪-11
  8. NHKの功罪-12
  9. NHKの功罪-13
  10. NHKの功罪-14
  11. NHKの功罪-15
  12. NHKの功罪-16 
  13. どっきりカメラ始末記 
  14. TBSとタウン誌-1
  15. TBSとタウン誌-2
  16. TBSとタウン誌-3
  17. TBSとタウン誌-4
  18. TBSとタウン誌-5 
  19. TBSとタウン誌-6   
  20. TBSとタウン誌-7   
目次
  1. 戦後64年 
  2. 上杉鷹山の経世済民-1 
  3. 上杉鷹山の経世済民-2 
  4. 上杉鷹山の経世済民-3 
  5. 上杉鷹山の経世済民-4 
  6. 上杉鷹山の経世済民-5 
  7. 映画「レイン・フォール」-1
  8. 映画「レイン・フォール」-2
  9. 映画「消されたヘッドライン」
  10. 新聞が消える
  11. スクープを書けない新聞記者達-1
  12. スクープを書けない新聞記者達-2
  13. スクープを書けない新聞記者達-3
  14. スクープを書けない新聞記者達-4
  15. スクープを書けない新聞記者達-5
  16. スクープを書けない新聞記者達-6
  17. スクープを書けない新聞記者達-7
  18. スクープを書けない新聞記者達-8
  19. 別居生活その後?
  20. 新聞が消える時−1
目次
  1. 新聞が消える時−2

 

 

 

笑えないゾ! 困ったイメージ

16.俳優・上原謙

By イジワル・ジイサン さん

映画スター「ふりむけば君がいて」というキャッチフレーズをご記憶だろうか。昭和56年から流行語にもなった。当時の国鉄(JR)が夫婦の全国チケット・フルムーンのCMに上原謙と高峰三枝子を起用。その美しい容姿とコピーが話題になった。いずれも往年のトップスターである。このキャンペーンは大ヒットしただけでなく高齢化社会の暗いイメージを明るく一変させた出来事でもあった。何といっても上原謙は個人的に世間を仰天させていた。

上原謙は昭和50年(1975年)65歳の時。銀座のクラブ歌手、大林雅子さん(28歳)と知り合う。雅子さんは平凡なサラリーマンの3女。客の上原謙を有名俳優とは知らず「不動産屋かと思った」など無神経な対応をしてママに叱られ茅ヶ崎へ詫びの電話を入れたことがきっかけで親密になった。そして妊娠した。上原謙は67歳で再婚した。ところが71歳で再び女子が生まれた。マスコミは37歳年下の妻との生活に注目した。

当時は55歳から老人、老女といわれた。こうした風潮を軽く払拭したのである。上原謙。本名は池端清亮(いけはた・きよあき)さん。明治42年11月、鹿児島県で生まれた。立教大学経済学部を卒業後、昭和10年に松竹映画へ入社。戦時中にもかかわらず田中絹代と共演した恋愛映画「愛染かつら」が大ヒット。天下の2枚目スターとして一世を風靡した。

やがて500円札に印刷された岩倉具視の孫、小桜葉子さん(旧姓は岩倉具子。母は女優。父は江間式心身鍛錬法の開発者。弁護士。政治家。)と結婚。神奈川県茅ヶ崎市東海岸南に邸宅を構え円満な家庭を築いた。そこで生まれたのが東宝映画の看板スターになる加山雄三さんである。葉子さんは戦後の美容体操の草分けであった。美容教室を開設するなどマスコミで活躍するが昭和45年に病気で他界。謙さんは映画界から遠ざかり息子の雄三さんが青春映画で活躍した。

私は記者として茅ヶ崎市東海岸南の上原謙(当時72歳)宅を訪れたことがある。身長170センチ、体重60キロの謙さんはこころよく出迎えてくれた。妻の雅子さんは一度も姿を現さない。1日30本の煙草を吸う謙さんが自ら台所へ行き生ジュースや中国茶を出してくれた。部屋数15、芝生にプールつきの庭園は100坪以上。プールには雅子さんがいるようだった。敷地の一角には亡き小桜葉子さんが設けた美容室「小桜整美場」があり音楽にあわせて美容体操するタイツ姿の女性達がいた。お弟子さんが引き継いでいるという。謙さんは昭栄物産(株)社長となって中国茶の販売をしていた。

その数日後、フジテレビ「リビング2」のスタジオで上原夫妻が出演するところを取材した。撮影の合間、スタジオの端と端で、雅子さんと中年の四角い顔のにやけた感じの男が視線だけで意味あり気に会話しているところを目撃した。こういう場面は、ほかの会場でほかの俳優にも見ることはあるが、素人あがりの雅子さんのパフォーマンスには気がかりなものを感じていた。その雅子さんとは亡くなる間際に離婚した。やはり、と思った。

上原謙さんは平成3年(1991年)11月23日逝去した。享年82歳。画「妻」で謙さんと共演、晩年は歌手として活躍した高峰三枝子さんは平成2年(1990年)5月27日逝去した。享年72歳だった。合掌。 

 

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