中高年・シニア世代の「問い」
中高年・シニア・マチュア世代交流サイト【い〜悠々ドットコム】
文字サイズの変更
い〜悠々トップページ中高年の楽しむ情報中高年の感動する情報シニア世代の問い 御意見投稿

 

【投稿連載】

問い質す!憤懣やる方ない、この怒り。

怒りイメージ

報道されない権利を!

by  うんざり さん
報道イメージ
イメージ写真。※本文とは直接関係ありません
小さな町で父親と母親、そして中学1年生と小学6年生の子供、親子4人が暮らしていた。父親がリストラで失業したので、母親がパートに出て何とかその日を凌いでいた。ある日父親が出来心で地元のスーパーマーケットで万引きして捕まった。万引きした金額は少なかったが、警察に突き出され、それが新聞の地方版に小さく掲載された。実名で報道されたので近所に知れることとなり、母親はパート先を辞めざるを得なくなり、子供たちは学校でいじめの対象となった。父親の地元での求職活動は難しくなり彼らの生活は更に困窮した。結果、両親の選んだ道は一家心中であった。

万引きは犯罪である。金額の多寡は関係ない。法治国家である限り、悪いことをすれば罰される。問題は罰が本人だけでなく家族に及んでいる点だ。加えて、敢えて言えば「万引き」程度の罪で一家心中するまで追い込む社会の仕組みは如何なものか?結果論だが、この場合は「報道」が傷口を大きくした、と言っても良い。今の社会では些細な犯罪でも更正は難しいのだ。万引きでも殺人でも、本人及び家族には同程度の重い圧力がかかる。

報道の意味合いを考える。この程度のことまで知らさなければならないのか?我々の「知る権利」はこの程度の事件まで及ぶのであろうか?

中国四川省の地震被災地の模様が連日のように報道されている。大災害であった。家族を亡くして号泣している方々、野宿同然のテント生活している人々、粗末な食べ物を口にしている人々。一方の我々は居心地の良いリビングで同情を装って、その模様を”上”から観察(?)している。私が向こうの立場であったなら、難儀を強いられている現状を報道などされたくない。

如何に大義名分を付けても、「報道」は野次馬根性が「原点」だと思う。21世紀に、こんな「報道」は要らない。 





皆様の「怒り」をお寄せ下さい。ご投稿お待ちしております。 御投稿窓口



い〜悠々トップ   問う一覧



関連書籍