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by 悩める古羊さん |
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ある朝のこと。いつもの日課で散歩をしていると、橋の下の薄暗い欄干から身を乗り出しているホームレス(断定はできませんが全く手入れしていない髪、あちこち破れて汚い衣服、薄汚れた素足から推測)に出会いました。一瞬、身投げかと思うほど、その様子は寂しげでした。私はそのまま通り過ぎたのですが、その時、ある思いが頭を過ぎりました。「もし、彼が実際に身を投げたら、どうしよう?飛び込んで助ける?」
私は泳ぎに自信はありますが、溺れている人は必ずと言って良いほど、助けに来た人に必死にしがみ付きます。従って助けに行った人も溺れてしまう可能性が高いのです。相手はホームレス、もともと世捨て人。運よく助けたとしても「なぜ助けた?」と彼自身に非難されるかも知れない。それに水の中で、あの汚い野郎に抱きつかれた状態で最悪の場合、水底に沈んで死んでいく。割に合わない、抱きつかれるなら若い女の子の方が良い。
医者、警察官、消防士、救急救命士などの方は相手が誰であろうが助けます。分かっています。相手が子供だったら私は何も考えずに川に飛び込むと思います。しかし相手が社会への貢献を拒否した汚いホームレスであれば・・・やはり考えます。
以来、何かの拍子にこの事を思い出し考え込みます。極端な例かも知れませんが、早朝で他には誰もおらず、助けられるのは自分ひとりだけ。目の前に「助けて」とは言わないがホームレスが溺れかけている。あなたは川に飛び込んで助けますか? 再度言いますが、あなたが生還する可能性は低いのです。
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悩める古羊さんには賛同しかねます。いつもでも悩んでいろ!と言ってやりたいくらいです。要は相手が汚い(古羊さんが言う)ホームレスだから助けるのに躊躇する。何という浅ましさ。最近こういう手合いが多くなってきたと思います。この延長線には健常者と身体障害者との対峙があります。この地球に色々な人々がいて夫々が精一杯生きている。お互いが認め合わなければ何時までたっても平和は訪れません。後先考えずに人の命を助ける、この精神が動物と一線を引く、真の「人」と言えるのではないでしょうか。 |
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どちらの意見にも納得が出来ません。まず、悩める古羊さんが言う「社会への貢献を拒否したホームレス・・・」、社会への貢献とはなんでしょうか?税金を払うこと?税金を払っているホームレスもいるでしょう。また、払いたくても払えない人もいるのではないでしょうか?ホームレスというくくりは、ただ家が無いだけの人だと思います。
また、巨人ファン40年さんが言う「延長線には健常者と身体障害者との対峙がある」・・・このような言葉こそ差別偏見と言えるのではないでしょうか?健常者とは?身体障害者であるという基準はなんでしょうか?誰にでも体の具合が良くない部分はあると思います。
「私は健常者だから・・」「あの人はホームレスだから・・・」「あの人は身体障害者だから・・・」
そういった一方的なくくりで判断するのではなく、皆ただの人として、危ない場面に遭っていたり、困っていそうだったら手を差し伸べる・・・それではいけないのでしょうか。
話がちょっと逸れてしまってすいません・・・ |
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問題の定義の仕方があまり宜しくないと思います。といいますのは、「川に飛び込んで助けますか?」という質問に対しては「はい」と答えますが、「命を捨てられますか?」という意味では「はい」とは言い切れないからです。
この質問に対して安易に「はい」と答えられる人の気がしれません。「川に飛び込む」という行為は簡単です。ただ、生還する可能性が低いというのでしたら、川ではなく鮫がうようよ泳いでいる海でも同じということになるのではないでしょうか?(極論ですが)
今日の社会では生死の境目で判断を迫られるという場面は殆どありません。従って殆どの人がその領域は未経験であり、あえて死に近い方を選択するという事が、どんなに恐ろしい事か想像もつかいないと思います。私ももちろん想像もつきません。
「命を捨てられますか?」という問に対しては、それなりの経験をしてきた人でないと「はい」と言い切る資格が無いように思います。絶えずその勇気は持っていたいとは思いますが。 |
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私は助けません。「身を投げたら」という設定ですので。誤って落ちてしまったというのなら話は別です。また、助けて欲しいという言場や素振りが見られた場合もしかり。
冷たいと思われるかもしれませんが、皆さん大人なのですから自分の行動には責任を持つべきだと思います。日本は「義」・「美学」の国です。自らの責任を切腹という自らの行為で果たしていた国です。
ただ、誰にでも過ちはあります。溺れている最中に猛烈に後悔して、助けて欲しいと思うこともあるでしょう。その時は気持は20代さんの言うように、飛び込む勇気は持っていたいと思います。 |
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これを言ったら元も子もないのですが、ホームレスだからといって身投げするかもと考えるのはおかしい気がします。そういう意味ではにわか哲学者さんと同意見です。
流浪を楽しんでいる人、気楽に生きたいと思っている人(気楽なのかは分かりませんが)などもいるでしょうし、別に世の中に憂いを感じている訳ではないと思います。
飛び込むか?という問いに対しては飛び込みたいですね。ですが、気持は40代さんの言うように生と死のギリギリの狭間でどうするかは正直分かりません。飛び込めない大人が多いから、今の社会の腐敗があるような気もしますが。。。 |
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見かけたホームレスが川に飛び込むのでは?とイメージすることすら私には出来ませんでした。
無関心と言われればそれまでですが、それまでの人生経験を積み重ねてきた上で、現在ホームレスという選択をしていると思うので、他人が見た目で判断するほど、今の生き方を悲観しているんだろうか?って思ってしまいます。
他人に迷惑をかけずに、彼らなりの生活を営んでいること自体は犯罪でも何でも無いわけだし、金欲、物欲から犯罪を犯す人たちよりは良いような気がします。 |