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我輩は犬である。名前はポチ。ある晩のこと。玄関のドアの鍵がカチッと開き、誰かが侵入してきたので、番犬の職務を全うすべく、一応、ワンワンと吠えてみた。すると、その影はビクリと驚き、次に声を潜めて、「誰に吠えている、このボンクラ犬!俺はご主人様だ」とぽかりと頭を叩かれた。痛かった。涙が出た。
エ!そんな馬鹿な!ご主人様は先ほどお風呂に入って寝たはず。よくその影を見ると下宿人だった。
下宿人は僕に吠えられたのが余程ショックだったのだろうか、食卓について、ビールを飲み、愚痴りだした。要約するとこうだ。彼は家族のために40年間に渡り働き続けた。家もローンだけど建てた。子供らも大学まで行かせた。一応世間並みの生活を維持してきた。だのに家族どころか犬までが俺をご主人と見ていない。誰のおかげで飯が喰えると思っているのだ!嫁さんは言う。あんたが仕事ができるのは私がいるからよ。ハ〜ァ?私がいるから俺が仕事ができるって? 馬鹿言え!お前が俺の足を引っ張ったから俺は出世できなかったのだ!
自称ご主人様の愚痴は延々と続いた。
僕たち犬族は誰がご主人様か、誰が餌をくれる大事な人かをまず見極める。外れたことはない。だって死活問題だ。先祖代々受け継がれた本能の一つだ。僕のご主人はどう見たって「おかみさん」だ。
餌を毎日くれるのもおかみさんだし、散歩も、嫌いなお風呂に入れてくれるのもおかみさん、病気になって病院に連れて行ってくれるのもおかみさんだ。
一方の自称ご主人様はほとんど家にいない。朝早く出て行き、晩遅くこっそり帰ってくる。晩ご飯は独りで音を立てず食卓の隅でこそこそと食べている。休みの日はごろごろ寝てテレビを見ているだけ。おかみさんはそんな自称ご主人をゴミのように掃除機でつつく。寝ている自称ご主人の頭を平気で跨ぐ。あんな失礼なこと、犬の世界では考えられない。自称ご主人様のいない時の家族の会話を聞いても、ほとんど話題にのぼらない。それにお金を貰う時の自称ご主人様は、満面に笑みを浮かべおかみさんにぺこぺこ頭を下げている。あれは僕の天敵、猫が人間に媚を売るときの常套手段だ。力関係から推察してもおかみさんの方が上だ。
以上、どう見ても、僕のご主人様はおかみさんだ、ですね?
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