六、 出会い
ところが、いつまでたっても徳内は、そば屋から出て来ない。あたりは、すっかり暗くなった。「お嬢さん。もう六つ半(午後七時)をすぎましたよ」二助が心細い声を出した。秀子も腹が空いてきた。だが、このままでは帰れない。その時。「こら、お前達は何をしている」と後ろから怒鳴られた。
ふりむくと表を閉めていた茶屋風の店が「旅籠」という提灯を出している。二人には、よくわからないが、かくれ女郎屋である。夜だけの泊まり客を相手にしている。その主人らしい。うろたえた二助が「あっ」といって転げるように、その場を離れた。ところが運悪く、二助が酔った男にぶつかってしまう。
酔った男が立ち止まった。酔眼で二人を見据える。「この時刻、この場所で、子供達が何をしている。お、娘はもう色気があるではないか。俺様は江戸から来た男だ。すみませんと謝れ。なあ。謝れ」とからんできた。もう徳内のことどころではない。二助が地面に手をついて謝った。男は浪人のようであった。腰には大小を差している。その男は次第に秀子へ迫ってきた。
「すまん、すまん、勘弁してくれんか。この二人は私の知り合いなのだ」男の背中を叩いた者がいる。そば屋から出てきた最上徳内である。「何を!貴様、俺を誰だと思ってるんだ。俺はなあ」と男は体をねじらせた。
「俺も江戸から来た。こう見えても道場でいささかの稽古をしている。喧嘩を売るなら買ってもよい。黙って去るなら、俺も黙るが、どうだ」言葉とは裏腹に静かな声である。度胸もある。それが薄気味悪い。男は、ぶつぶついいながら去って行った。徳内も、ほろ酔い気味だった。
「さ、早く、帰りなさい」と二人に声を投げ、自分も去ろうとした。「あのう」と秀子が徳内を追った。(やめてくれ)と心で叫ぶ二助だが…。「?」と徳内がふりむいた。
運命的な出会いとは、互いに夢想だにしていない。「最上徳内様でございますね」と秀子がおそれもなく詰め寄った。「やっ、どうして知っている。そうか、門前通りで、わしを見たか」「じつは、あなた様のお住まいを知るために丁稚と一緒につけていたのです」「つけて来たとは、おだやかではない。なぜ私の住まいを知りたいのだ」「私は、廻船問屋、島谷屋の娘、秀子と申します。あるじの兄、清吉がお伺いしてお願いしたいことがあると申しております」
「それは、かまわないが…。おお、思い出した。昨日、三文くれたお客ではないか。美しい娘だと思って覚えている」「はい。ありがとうございます」「いや。まだ幼いのに、しっかりした娘さんだと感心していたのだよ」
続く
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