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五十三 青島俊蔵  

徳内は初対面から、青島俊蔵には因縁めいた親しみを覚えている。俊蔵は明るい性格かと思えば、暗い表情をする時があった。憎めない男だが、どこか危ないところがある。気分屋だと思うこともあるが胸中に何かに対する激しい怒りを抱いているようにも見える。徳内より四つ上の三十五歳と聞いた。

御普請役といえば徳川家の御家人。なのに、徳内に自慢したことがない。将軍にお目見えこそできないが、老中に直結した隠密のようなこともしている。徳内にはそれさえ隠さない。徳内を信用しているのである。「木刀でなく、この人斬り包丁で稽古してはどうだ。いざという時役に立つぞ」腰の大小を徳内に預けて、一人で吉原へ行くこともあった。色好みだが、剣術はなかなかの腕前である。妻とは死別している。深い事情がありそうだった。

青島俊蔵は、駿府で普請役を勤めていた。上魚町の長尾川掘り抜き工事の現地で、同役の早川富三郎と刃傷沙汰を起こす。お役御免となり、二百石の家禄も召し上げとなる。が、幸運は思わぬところから訪れる。何と主筋の鈴木秀持が勘定奉行に、直接の上司だった土山宗次郎が組頭に出世した。その二人に忠実に仕えてきた俊蔵が声をかけられた。老中の田沼意次に目どおりして直命を受ける。長崎へ行く平賀源内の警護という役目についた。

平賀源内という男は風変わりな学者として知られているが、意次の信任が厚い。意次からもらった三百両を懐にして長崎へ行き、オランダ人から密書を持ち帰った。その源内を守り通した俊蔵だが、江戸に帰った三か月後。源内は勘定奉行配下の者と口論となり、抜刀して斬りつけ投獄された。その挙句、原因もわからないまま獄死した。源内は狂乱したという理由で落着したが「そんな馬鹿な」という思いが俊蔵にある。俊蔵は釈然としない日々をすごしていた。

音羽塾は組頭のすすめである。その日々の中で徳内は格好の友となった。源内とは正反対の性分だが、頭の働きは源内に似たところがある。「徳内という男、見かけは凡人だが、なかなかの天才ではないか」と思った。「頭のいい奴はいい。英雄は友を選ぶからな」は俊蔵の口癖である。

その英雄が驚愕したのは、徳内は算額という難解な数字の世界を魔術のように操っていたことである。真似のできることではない。徳内の算額がただの数字遊びでないことは、本多利明も認めるところであった。この時代、数学を駆使して測量学や蘭学、医学を語れる者は他にない。しかし当の本人は、自分がそれほど特殊な才能を持っているとは思っていない。まるで少年のように、いつも好奇心と勉学心にのみ生きていた。もう三十歳をすぎた、というのに、である。「徳内。お前は好きな女はいないのか」と俊蔵が突拍子もない話を持ち出した。

続く







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