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五十二 創氏改名
お加代に呼ばれて客間へ入ると利明と青島俊蔵が笑顔で迎えた。「蝦夷地見分隊にあと一人、わが塾から加えてもらうことになった。元吉に私の代理を勤めてもらいたいが。どうだ」と利明が、いきなり言葉を投げた。「私でよければ、喜んで受け賜ります」元吉は即座に答えて座った。「うむ。青島殿のおかげだ、これから青島殿の下役となって働くことになるぞ」「はい。青島様、どうぞよろしくお願い申上げます」
青島俊蔵は自慢げに小肥りの体をゆらして、元吉の手を取った。「元吉。これまでは机を並べた同輩だが、学問でいえば元吉のほうが先生であった。これからも頼むぞ。身分は足軽、竿取りだが、元吉はほかの者より学問にすぐれている。今度のお役目は大きい。頼りにしている」
さらに利明は、こうも言った。「生まれ変わった気持ちで新しい道に踏み込むのだ。新しい姓名はどうか」元吉は、はっとした。いつか「姓名を改めて心気一転、自分はこれから、どう生きるか決めたいと思うことがあります」と利明に口走ったことがある。利明は、その時のことを覚えていたのである。「お願いします。先生に名付け親になっていただければ幸いです」「もう考えている。最上徳内はどうだ。最上は最上一族の末裔、または最上川育ち。徳内はお前が好んで算額札の号にしていた名だ。医者の名のにおいがするが、アイヌに好まれる意味がある。蝦夷地見分にふさわしい名でもある」「最上家ゆかりの確証はありませぬ。それでも、よいのですか」「堅苦しいことをいうな。家系図など、いいかげんな者の多い世の中だ」
利明は笑った。老中でさえ家系図を創作するご時世であった。「最上徳内。よい名ではないか。本多先生が請人で公儀に届けておけば十年後は実名となる。手続きはわしがしておこう。改名の理由はこうだ。たとえ足軽でも見分役の配下。蝦夷地に渡れば立派な幕吏。見分役の代理を勤めることもある。ならばこれまでの元吉ではない。その覚悟を名に示す、とな」青木俊蔵が勝手に決めてしまった。むろん元吉に異論はない。「然るべく、お願い申上げます」と元吉は平伏した。高宮元吉あらため、最上徳内の誕生である。ここから徳内と書く。
徳内は、俊蔵に聞いた。「見分隊はいつ江戸を立つのですか」「出立の日は秘密である。ただし五日後に全員、日本橋の普請役詰め所に合宿する。そこで道中の心得や準備をする。見送りは不要である」そう述べて俊蔵は急に真剣な表情になった。利明が手を叩いた。
続く
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