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五十一 利明の夢
元吉は蘭学を清書中であった。八代将軍吉宗による蘭学導入で、日本は新しい風が吹きはじめている。最近「解体新書」訳本が高価で売れている。 音羽塾も、新しい時代の方向を見極めなければいけない時であった。
三日前のことだ。利明は元吉を含む高弟達に、特別な思いを吐露している。

「いま長崎では一年に唐船十三隻、オランダ船は一隻が入港している。年間約二十万両以上の利益をあげている。表向き、幕府に運上されるだけでも五万両を超すだろう。このうちわが国から売られているものの代表が俵物だ。俵物はフカヒレ、イリコ、干しあわび。ほかは金銀、醤油、茶、磁器、陶磁器がある。俵物の出荷は年々増えており、その主な産地が蝦夷地であるという話はあまり知られていない。

オランダはヨーロッパからの毛織物。インドからの綿布、砂糖、生糸、伽羅、樟脳などの薬、うるしなどの染料、鉛、水銀、錫、顕微鏡などを日本に売る。清国からは日本にはない薬草が数多く持ち込まれているが、これも俵物が代価となっている。いっぽうロシアが蝦夷地での交易を望んでいるという動きがある。それが国益となるのか。ならないのか。論議は分かれているが、私は国益派である。蝦夷地は酷寒の北国。米こそできないが俵物の産出で豊かになったはずである。百万石に相当するという話もある。

しかし蝦夷地にどれだけの商人や漁民がいるのか。蝦夷(えぞ=アイヌ)の地といわれながらアイヌは何人いるのか。松前藩にアイヌ語やロシア語の通事がどれだけいるのか。わからないことが多い。蝦夷地は思いのほか大きな島ではないかといわれ、金山の噂もある。老中の田沼様はそれに気付いている。蝦夷地開発は日本の行方を決めるかも知れない。従って音羽塾は蝦夷地開拓を最大の課題とし、まず見分隊の一員に加わることができるよう働きかけたい」

門下には見分隊の一人、青島俊蔵がいる。しかし青島に頼るだけではなかった。利明は、天明三年の浅間山噴火で、元吉と茂助を連れて陸奥国を調査した。その結果は普請奉行、板橋富之助へ報告した。ところが惨状があまりにもひどく、対策のお粗末さを記録したため、確認の作業中に各藩から「わが藩の恥になる。対応不足は伏していただきたい」という要望が相次いだ。奉行は老中に提出する前に本多利明を呼び「誠に申しわけないが、このまま幕閣には出せぬ。対策は削る。また貴殿の普請奉行おかかえも見送りになる。そのかわり、この借りは必ず返す」と頭を下げた。本多利明は即座に諒解した。 調査をした半年間の労苦は吹き飛んだが、幕府に貸しをつくるのもよい。

今度は、その貸しを返してもらう番である。利明は富之助へ談判した。 「この度の見分は検地が最も重大な仕事になると思われます。失礼ながら見分隊の方々は、剣術にすぐれた方が重視されている、とお見受けいたしました。それは蝦夷地が危険なところだからでございましょう。しかし大事なことは蝦夷地とその以北をより正確に掌握することが使命であるはず。ならば天文、地理、航海、交易の知識と術を充分心得たる者、つまり学者を一人でもお加えになることが天下国家のためになります。音羽塾から一人、見分隊に参加したいと、お願い申上げる次第です」 「じつは幕閣にも、その意見がある。わしも見分隊の顔ぶれに不安を覚えていたところだ。失敗は許されまい。枠外で一人頼もう」 板橋富之助は、あっさりと諒解した。


続く







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