五、秀子
清吉は木箱や俵を数えながら、徳内をどう迎えるかを考えた。微妙な立場の人物である。代官へ知らせておくべきか。いや知らせないほうがよいのではないか…。そこへ女房のおすずが、おぼんに南部銅のきゅうすと茶わんを乗せて来た。代々南部藩生まれである。「いっとごま、あがさまへ。(ちょっとの間、召し上がってください)」という。「おお、ちょうどのどが渇いていたところだ」と大福帳を閉じた。茶を一服したあと清吉は「そうだ」とつぶやいた。「秀子と二助を呼んでくれないか」
島谷屋の奉公人は船頭をふくめて百五十人を超える。商いは御用銅だけでなく、大豆やしめ粕も大阪へ運んでいた。清吉は飛騨屋が仕切る松前藩のニシンやサケの扱いもしたい。それは間接的でもよい。と機会をねらっていたところだ。まず徳内の行状や住まいを知りたいと思った。どんな人物か知ることが第一だろう。子供を使えば罪はない。清吉の妹、秀子と丁稚の二助が五番蔵の前に飛んできた。「明日の未(ひつじ)の刻(午後1時すぎ)から暮れ六つ(午後六時)まででよい。二人で、あるご人のあとをつけて、住まいを確かめてくれないか」
「はい」と答えたのは二助である。まだ十三歳なのに機転がきく。「八幡宮の門前通りに学問を教えて銭を取る最上徳内という男がいる。たぶん明日も出ていると思う。住まいがわかれば私が挨拶に行き、客人として、しばらく当家にお招きするつもりだ。そのつもりで粗相のないように住まいを調べてもらいたい。どんな人物かわかることがあれば、それも知りたい」
「はい!」今度は秀子が自分も驚くような大きな声で返事した。好奇心が強い。「何だ、秀子。うれしそうだな」「いえ」秀子は頬を染めて口ごもった。
二助はその理由を知っていた。秀子が一人で何度も一枚の紙をみている姿を見ている。三文で買った江戸の歌だと聞いた。秀子は他国者が好きだ。翌日。秀子と二助は門前通りの市に出かけた。二人ともまだ子供である。堂々と市を見物できるので心が弾む。
「いたいた」清吉に教えられた男、最上徳内が、きょうも声をはりあげていた。二人は、少し離れたところで、その様子をうかがった。その間、他の店や大道芸人を交代でのぞいた。七つ半(午後五時)、徳内が店じまいする。といっても、荷物は一つもない。徳内は、ふらふらと歩き出した。着物は汚れたままだが、腰に挿した小太刀が、かろうじて元武士かも知れない浪人を思わせる。二人が予測したとおり、腹が減ったらしく、徳内はそば屋へ入った。そば屋の向かい側で「このあとは、ねぐらへ帰るに違いない」と二人は確信していた。
続く
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