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四十九 見分隊
 
天明四年(一七八四年)五月二十一日。勘定奉行、松本伊豆守秀持は、組頭・土山宗次郎が作成した調査書に、仙台藩医工藤平助の「赤蝦夷風説考」を添え、上申書「赤蝦夷の儀に付き申上げ候書付」を老中に提出し異議もなく認められた。徳川幕府はじまっていらいの慎重な手続きである。
 
この「蝦夷地見分案」は、これまであいまいであった蝦夷地の実態を明確にするもので、松前藩については、とくに触れていない。主な内容はこうだ。
一、見分役
  見分役は普請役五人。下役五人とする。
  普請役は山口鉄五郎高品、庵原弥六宣方、佐藤玄六郎行信、皆川沖右衛門秀道、青島俊蔵政教。下役は 里見平蔵、引佐新兵衛、大塚小市郎、大石逸平、鈴木清七。
二、行動
  第一班は、蝦夷地西海岸を北上して宗谷へ行き、カラフトへ渡海する。 異国への通路の有無、地理、産物、 交易を調べる。往復において最寄りの金山、銀山などの鉱脈を調べる。普請役二人。下役二人。なお樺太渡 りの時は普請役一人は宗谷に駐留し補給係となる。 第二班は、蝦夷地東海岸に沿って根室へ行き、千島列 島へ渡海する。なるべく異国へ近い島へ行き、地理、通路、産物、交易を調べる。普請役二人。下役三人。な お普請役一人の指図により下役三人はウルップ島、エトロフ島に駐留。船の航行路の目印となる、かがり火 台などその他の工事をする。 第三班は、普請役一人がクナシリ島に残留し、交易ができるよう手配する。産 物や鉱脈の調べを続ける。
三、運搬
  千石船二艘を建造する。これは見分役の扶持米、用心米、塩、味噌、そのほか荷物の運搬に使う。水夫、船 具をよく吟味する。船は二班へ一艘ずつ配置する。なお建造費は金三千両。伊勢大湊で苫屋久兵衛が請け 負う。完成は天明五年一月。江戸・品川宿、幕府御用堤に納める。
 
この内容は、本多利明のもとにも知らされた。届けたのは、音羽塾の門下で見分隊に名を連ねる青島俊蔵である。蝦夷地開発論者の利明は手を打って喜んだ。「見事な内容です。私も隊員に加わりたいものです」すると俊蔵が、まかせてくれ、といわんばかりに胸をたたいた。「先生の名は幕閣に知られております。売り込んでみましょう」という。「そうですか。では、お願いしましょう」 利明は俊蔵に頭を下げた。 

続く







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