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四十三 田沼意知
 
一か月後。本多利明は高宮元吉と銭屋茂助という少年を連れて江戸を発った。茂助はまだ十歳である。父親の銭屋五兵衛(六代目)から「ぜひ本多先生に同行させていただきたい」と頼まれた。茂助は利発で利明を楽しませた。

三人は甲州路をたどり、信濃に入り、下諏訪から浅間山の麓一帯を行脚。小諸から川中島へ出て善光寺へ向かった。越後、出羽、陸奥と駆け抜け、およそ一年間、飢饉にあえぐ江戸以北の惨状を見る。死人も数多く見た。

元吉が道案内で、大いに役立ったことはいうまでもない。利明は、年貢を確保しようとする幕府、飢饉を機に儲けようとする商人、餓死者が出る農民などの混乱を見てまわった。そこに救済策などは野放しだった。利明は雑穀からヒエ、アワに至るまで食糧と医者不足の建策を急いだ。

浅間の大噴火は未曾有の惨状をみせ、その影響で関東から北陸にかけて凶作が拡大していく。いっぽう異変は、江戸城内にもじわりと起こりはじめていた。

天明四年三月二十四日の夕刻。江戸城本丸。若年寄四人が御用部屋にいる。田沼山城守意知(たぬま・やましろのかみ・おきとも)は笑いが止まらなかった。いまや江戸城内で自分ほど恵まれた男はいないだろう。すべては父、田沼意次の七光りだとわかっているが、昨日、江戸屋敷に松平定信からの貢物が届いたという知らせを聞いた時は「ああ田沼家もここまで大きくなったか」と感慨深かった。同輩にも自慢したくなるほどであった。

「上様や父上を悪しくいうて、はばからぬ、あの松平定信殿が、何とわが屋敷に貢物を届けてきた。口ほどにもない男だ」「それは誠でござるか。賄賂を忌み嫌う、あの定信殿が」と大げさに驚いたのは若年寄の中で最も年長の米倉丹後守昌晴であった。同席する太田備後守資愛、井伊兵部少輔直朗も顔を見合わせる。

「田沼意知殿に温情をもらいたいばかりに露骨なことをなさる。松平定信殿は昨年から溜間詰めになられた。本気で幕閣入りしたいらしい」と井伊直朗が冷笑した。じつは自分達にも届いている。太田資愛がおもむろに姿勢を正す。「では、本日の合議を終わりといたします」

四人は立って廊下へ出た。中の間から桔梗の間へわたる途中だった。小走りで近づく者がいる。その様子に不自然さはない。「申し上げます。申し上げます」といいながら、田沼意知のうしろに立ったのは、日頃、田沼家を仇のように悪口雑言してはばからない佐野善左衛門政言であった。佐野政言は旗本新番組衆五百石。先祖は田沼家より佐野家のほうが主筋という。抜擢され出世する者の周りでは、よくある話であった。

続く







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