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四十一 浅間山大噴火

正峯は、ひざを乗り出して言葉を続けた。「幕府の見分隊は被害を調べるだけである。問題は復興策だ。そこで、本多殿にも浅間山周辺を見てもらい、復興に役立つ建策を願いたい。これは幕府からの依頼である。本多殿のかねての持論が老中、田沼様の目に止まったのだ。建策が通れば学者として徳川家に高禄でお召し抱えとなる」「ありがたきことに存じます。しかし私は前田家の禄をいただいていた者。わけあって藩を出たことがあります。それでも、よろしゅうございますか」

「構わん。そこもとが悪いことをしたわけではない。前田家ご家老の姫様が押しかけ女房になったことは、むしろ幸いである」「であれば、喜んで承知いたします。飢饉は大きく長く続くと考えられます。供を三人ほど連れて、信州、上州だけでなく出羽、陸奥、蝦夷と一年がかりで回りたいと存じます。行く先々の関所でのご便宜をよろしくお願いしたい」
「当然だ。貴殿は普請奉行の支配下となる。しかし、この音羽塾はどうなさる」「長崎から帰ったオランダ通訳の二人が、一年間私の代わりをつとめましょう」「なるほど。もう一つ、聞いてもらいたいことがある。じつは私のところに来た下男がいる。出羽楯岡の出で、百姓のくせに学者になりたいという。こんどの見分に、ぜひ本多殿の供をしたいというのだが、いかがであろう」

「正峯先生のご推せんとあれば、承知いたします。名は何と」「清宮元吉。徳内という名で神田明神で算額遊びをしていた。これが、私も舌をまくほどの秀才ぶり。江戸へ来て約二年。工藤平助や山田宗俊のところで医学を学んだ。吉文字屋で測量も習ったという。役に立つ面白い男だ」「年は、いくつで」「二十九歳。見かけは若い」「よろしゅうございます。こちらでお引き受けしましょう」

「ありがたい。この男、手離したくはないのだが、他の下男といさかいが耐えない。また塾生からも、いじめられることが多くての。見ておれぬ」「さようで、ございましたか。私のところなら心配ご無用です」「そうか。ありがたい。話は戻るが。ここに上州吾妻郡蒲原村の名主、清兵衛が幕府に差し出した届けの写しがある。あとで読んでおいてもらいたい」「お預かりいたします」
 
正峰が置いた書面には「信州浅間、六月末より少しずつ焼出、近辺へ灰を吹き飛ばし、七月五日夜戌の刻計りより、大地震のように鳴動いたし麓近くは勿論、上州高崎辺へ、おびただしき小石灰を降し、六日朝、五寸計降り積もる。(中略)野辺の作物、石泥に埋まり青葉一つも見え不申候」とあった。

続く







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