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三十八 江戸にさまよう
「おれは、このままでいいのか」元吉は奥医屋敷での明け暮れに退屈していた。毎日同じことのくりかえしである。オランダ医学も中途半端だし、山田宗俊の医術も決められた薬草を調合するばかりで進歩がない。
変化といえば坂下重三郎が、おつゆと深い仲になって亭主ともめたことぐらいである。その亭主が消えた。行方が知れない。重三郎に殺されたかと思う。元吉は、ひまをみて重三郎に剣術を習った。いつも夜であった。おかげで暗いところでの剣法を身に付けた。重三郎は一汗かいたあと、よく世間話をした。
「いま江戸でいちばん評判のよい塾は音羽塾だろう。幕閣にも評判がよい。塾生も武家や百姓町人の区別をしない。それどころか百姓町人には商人や武士になりたい者に、ちゃんと道をつけてくれるそうだ」
元吉は、最近の山田宗俊の様子にふれてみた。薬袋を運ぶ時、江戸城内で見る顔は、まるで病人であった。「山田先生も月に一度、塾で講義をしておられるようですが」「北山塾だな。先生は恩師山本北山の手伝いをしている。山本北山は幼い時から難解な講義も、たちまち理解してしまうという天才学者だが気性が激しすぎて弟子達は限られている。宗俊先生もよく尽くしていると思うよ」
翌日のことである。その山田宗俊が青い顔をして屋敷に帰ってきた。「この屋敷は明日までに明け渡しとなった。お前達も辞めてもらう。山本北山先生が、お上を批判した。仕官は卑しいことだともいった。塾は取り潰しになった。名を連ねる私も連座した。江戸城出入り禁止だ。どこか長屋でも借りて町医者になるしかあるまい」と苦笑する山田宗俊であった。
元吉、重三郎、おつゆは、それぞれ二両もらってお払い箱になる。元吉は重三郎とともに紹介してくれた斉藤宇八郎を訪ねたが、あいにく不在。重三郎はおつゆを連れて水戸藩へ旅立った。
それにしても、斉藤宇八郎の住まいが本当に神田明神下の煙草屋であることに意外な思いがした。煙草屋は若夫婦が営んでいる。が主人は宇八郎だという。水戸藩士なのに、なぜ商人なのか。あらためて疑問を抱くが、重三郎といい、おつゆの不可解な色気といい、江戸は何と怪しい人間が多いのだろうと痛感した。さらに築地の工藤屋敷の前、吉文字屋の前を通ってみるが、玄関は固く閉ざされて人の気配がない。元吉から見れば、いずれも怪しい存在であった。
これまでのことは、すべて夢の中の出来事であったのか。一人になった元吉は、はじめて広い江戸のど真ん中で放り出されたことを実感した。「噂の本多塾というところへ行ってみたい」と思った。
続く
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