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三十七 魑魅魍魎
 
本多忠籌は三日滞在して泉藩へ帰った。定邦は心配そうに定信の横顔を見た。どさくさにまぎれて自分まで説得されたようである。が、悪い気はしていない。柔術の主な門下生達は江戸へ放たれ、田沼意次の悪評を振りまいている。風評は火事と喧嘩に次ぐ江戸の華である。

定信が幕閣に入る下準備は、すでにはじまっていたのだ。「金策に妙案があると申したな。どのような案か」と定邦は聞いた。定信は悪気なく、さらりといってのけた。「天下をにぎるまで手段を選ばないこととしました。金は商人に借ります」

「商人はいるのか」「江戸には大名も及ばぬ豪商がいます。商人は権力をにぎる者に金を出します」「商人に借財する大名は多いが」「田沼を放逐すれば。田沼につながる商人も追い出すことになる。そのあとの商人を誰にするか探すことになります」

「本気だな。ならば、松平家を気にせず戦うがよい」「失敗すれば、白河藩も火の粉あびることになりましょう」「婿殿を迎えた時から覚悟の上。今度は泉藩も賭けて来た」と定邦は苦笑した。「じつは田沼暗殺の刺客を放つところでした。策を変えねばなりませぬ」「魑魅魍魎とは一橋のことであろう」「魑魅(ちみ)は山や沢、魍魎(もうりょう)は水木石の怪しき神。人面寅の妖怪。田沼は、その手足にすぎませぬが、手足を切り落とすことが肝要です」

三月後、定信は江戸へ上った。江戸城内の田安家と宝蓮院を見舞い、西品川の泉藩江戸下屋敷で開かれた和歌詠み会に出席した。主催は本多忠籌陸奥泉藩主である。集まったのは松平定信とぜひ会いたいと願う本多忠可播磨山崎藩主、戸田正氏教美濃大垣藩主、奥平昌男豊前中津藩主、堀田正穀近江宮川藩主、松平信亨出羽上ノ山藩主など譜代の小藩主達であった。

和歌を詠む、善行をすすめる、という趣旨はうわべのことで、幕政のあり方を批判する集会になったことは、いうまでもない。さらに半年後の和歌読み会には、松平信道伊勢亀山藩主、松平信明三河吉田藩主、加納久周伊勢八田藩主、牧野宣成丹後田辺藩主、松平定奉伊予今治藩主、有馬譽純越前丸岡藩主、松平忠告摂津尼崎藩主らが加わった。

その中には、俳号をもつ豪商も数人出席した。定信は会をまとめる本多忠籌の器量を見直した。定信は一同の前で「本多忠籌殿は、古き形の英雄。かつ信実深く、義ありて、よく物に感ず」と絶賛した。

続く







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