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二十六 柴木五郎衛門
 
元吉は、その夜から吉文字屋の奥にある三畳の部屋に住み込むことになった。とりあえずお互いに様子を見ることになったのである。ただしこのせまい部屋には同居人がいた。名は柴木五郎衛門。年は元吉より若い二十歳である。父親が小普請方六十石。少禄だが禄高以外に副収入のある御家人であるという。国絵図づくりが一人前にできるようになれば父の跡継ぎになる。

夜。元吉と五郎衛門の二人は細長い布団をかぶって語り合った。「元吉さんは、蘭学を志していると聞いたが本当かい」「志はありますが勉強はしていません」元吉の蘭学志望は綾子の知恵だ。「明日は四人で江戸前の海辺を測るそうだ。場所は築地からだそうだ」「いいところです。昨日までご厄介になった屋敷があります」「伊達家の拝領地だな。築地は神田山(駿河台)の土を運んで出来たところだが、塵芥の捨て場でもあった。ゆるい埋立地でね。地形が変るんだよ。毎年」

「ほう。地形が変るのですか」「そうだ。だから吉文字屋は三通りの絵図をつくる」「三通り?」五郎衛門が得意な気分になっている。「一番正確なものは徳川家に献上する。その複製を各大名に高額で売る。いい加減な絵にしたものは下級武士に。もっといい加減なものは江戸庶民に売る」「なぜ、いい加減な絵図を売るのですか」「大事なところはごまかす。盗賊に使われるからというのがお上の理由だ」

「こうした町見絵屋は、江戸にどれだけあるのですか」「いまは十軒以上ある。それより俺は文字を知らないし、うまく書けない。量地術、測量術はどんどんむずかしくなっている。親父の書物を持って来るから教えてくれないかな。蘭学より、やさしいと思うよ」「五郎右衛門さん。測量術は蘭学の中にあるのが最も新しいそうです。天文学も必要です。方位学が基本になると聞いたことがあります。一緒に勉強させてください。私は学問が好きです。将来は蘭学者になりたいと思っています」

嘘から出た誠であった。五郎右衛門は急に本音を吐いた。「おれは学問が大嫌いだ。しかし父上を超える約束をした。よろしく頼むよ」 五郎衛門は五歳年下だが武士の子である。元吉は敬意をはらった。それに気をよくしたのか、五郎衛門はうれしそうに親しみをみせた。
 
翌早朝、元吉と五郎衛門は二階に上がって道具を用意した。印竿、種竿、規矩元器、鎖、磁石丸、根発(コンパス)、小板、見盤、大板、しゃく杖、ものさし、みずなわ、算盤、絵の具、鉄槌などオランダ式「清水流規矩術・町見」の道具が山積みされている。「規矩」「町見」は「測量術」と同じ意味である。


続く







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