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二十四、解毒

こともあろうに隠密と間違われたことに元吉は冷や汗をかいた。江戸は甘くない。しかし、どうして隠密ではないと断定できたのか。黙って毒薬で殺してしまえば安心ではないのか。医師は他人を毒で殺しても「不治の病い」だったといえばよい。元吉は綾子の率直な話に、余計わけがわからなかった。

翌日。朝食は、刺身、味噌汁、白い飯というぜいたくなものである。思い切り味わった。これにも毒が入っているかなどとは考えない。下女が新しい下着、帯、着物を竹篭に入れて差し出した。着ていたものは棄てるという。いわれるままに袖を通し帯を締める。自分のものは風呂敷に残った筆挿しと硯、一両と三十文が入る財布だけであった。

綾子が部屋に入ってきた。工藤家には、用人、医師見習い、下男、下女など十人以上の家来がいる。隠密ではないかと疑った男と最後の約定を交わすのに娘一人で話をつけるのだろうか。元吉は緊張した。約定の中身は何か。

「このようにお書きください。約定のこと。工藤家で見分したこと他言しない。この先、いずれへ参ろうとも工藤家とは何のかかわりはない。高宮元吉」「これだけで、よいのですか」「よいのです。あなたの行く先は私がお世話します。私が文をしたためますので、これを持っていけば雇ってもらえます」

「工藤家とかかわりはないというのにお世話まで、してくださるのですか」「そうです。あなたにぴったりのところがあります」「なぜ、そこまで」「いいえ、助けてもらったのに、あらぬ疑いをかけた父のお詫びです」「なぜ信用していただけたのですか」「あなたは学者向き。隠密など暗い生業をする方ではない。と結論したのです」「ありがとうございます。それで、私にぴったりの生業とは」「日本橋通り三丁目の吉文字屋次郎兵衛をお尋ねなさいませ。試されると思いますが、必ず受け入れてくれるはずです」「そこは何をするところですか」

「江戸の町見絵をつくるところ。町見づくりはご法度でしたが八代将軍、吉宗公以来解禁になり芝居役者や旅の風景だけでなく町見絵が人気をよんでいます」 町見絵つまり地図が町民にも売られている。まだ出羽や南部では考えられないことである。さすがに江戸は別世界であった。 元吉は綾子の気合いにおされて、いわれる通りに流れてみようと思った。「ありがとうございます。ご恩は一生わすれません」と元吉は頭を下げる。 どこまで本当で、どこから戯れかはわからないまま元吉は工藤家を後にした。

続く







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