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二十三、苦い茶

「元吉さん。きょうから十日間、父は仙台へまいりました。今朝から飲み薬も変わりますよ」と綾子は障子を開け部屋の空気を入れ替えた。もう起きなさいといわんばかりである。そういえば今朝の薬は苦味がない。江戸の女は、すべてこのように垢抜けた立居振舞いをするのか。頭が次第にはっきりした。

「少し体がらくになりました。私は…おいとまする時がきたようです」「そうですね。あら、ごめんなさい」綾子は微妙な笑顔を浮かべた。元吉は違和感のある言葉に気付かないふりをした。「すっかり、ご迷惑をおかけしました。もう五日をすぎました。風邪をひくなど、私ははじめてのことでした」と本音を語り、そろそろと立ち上がる。「まあ。きょうは、ゆっくりなさいませ」

綾子が、あわてたように背中へそっと手をかけた。まだ寝ておけというのか? 「大丈夫です。仕度をいたします」と答えたが、めまいがする。「お願いです。きょうはお休みください」と綾子は声を高くした。様子が変だ。「お嬢様。本当のことを教えていただけますか。私は病気なのですか」「お嬢様はやめてください。綾さんで結構です。あなたは病気ではありません。そう。あなたは、毒を飲まされているだけです。でも心配いりません。すぐ毒消しに変えましたから。うふ」
 
本当なら笑い事ではなかった。元吉は布団の上にすわったまま、美しい綾子の横顔をみた。からかわれていると思った。だが綾子は平然と説明した。「父は、元吉さんを隠密だと思っていたのです。浅草寺で助けられたのは仕組まれたことだと。父はいままでもよく狙われていましたからね。おまけに、あなたは文字書きができる。むずかしいことを要領よくまとめる才覚もある。とても出羽の国から江戸へ出てきたばかりの無宿者には見えない。言葉も出羽なまりがない。頭がよさそうだし。工藤家にもぐりこむには、いかにも純朴そうな田舎者の芝居ができる男だ。と」

「そんな。とんでもない人違いでございます。言葉は、出羽から南部にかけてよく行商したからでございます。奥の細道の道案内もいたしました。お客様は江戸の方が多かったのです。筆は、客に頼まれて歌を記録したり、旅日記を代筆したりしました。銭をもらう文はきれいに書かなくてはなりませんでした」

「いえ。もう疑いはないのです。茶に毒は入っていません。安心なさいませ。あなたについては私が父と何度も話し合いました。悪いことのできる人間ではない。私の責任において明日、この工藤家から出ていっていただきます。ただし、お互いに約定が必要になります」「は、はい」元吉は目を白黒するばかりであった。

続く







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