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二十二、将軍

「これが、すべてでござる」と七右衛門は大きな声で締めくくった。「で、あなた様に、おとがめはなかったので」工藤平助は、さりげなく聞いた。「それよ。わしをとがめれば、田沼の殿の責になる。むしろ清水寺での手配ぶりが見事だったと徒組(かちぐみ)十九番の組頭となり五百石への御加増となった。将軍警護役である」

「それは、おめでとうございます。徒組からは目付や先手頭への昇進が多いと聞き及びます。ところで今年突然、一橋の徳川治済(とくがわ・はるさだ)様のご嫡子・豊千代様が、将軍・家治様の養子になられた。上様(将軍・家治)が、よく承知なさいましたな。仙台藩の多くは驚いております」

「それは、わが田沼意次様のお力である。上様を説得した。そのかわり豊千代様(家斉)が正式に将軍となった時、上様は家康公をならい大御所として実権の多くを持つ。一橋の治済様は、それで充分と納得された」「田沼様はどうなるので」「上様が大御所になられた時は、蝦夷地の開拓に専念される。つまり蝦夷地を新しい領地としてたまわる。ご嫡子の田沼意知様が老中に入る予定である」

「見事ですな。それゆえの催促でござったか。どうぞ…お納めくださいませ」「おっ。こんなにいただいて、よいものかの。重い!ではないか」「申しわけござりませぬ。我が物と思えば軽し何とやら、でございます」「はっはっはっ。軽い黄金は水に浮くというからな」

二人の話はこれで終わった。あとは、ふくみ笑いが続いていた。遊廓に行く相談をしているようである。元吉は目を見開いたまま息もできなかった。聞いてはまずい話ではなかったのか。工藤平助の真意がはかりかねた。自分に聞かせようとしたのではないか、と思いついたのである。それにしても、将軍家の内情に触れて胸が高鳴った。元吉には無縁な雲の上の話であった。

徳川家康は、九男・義直に尾張、十男・頼宣に紀伊、十一男・頼房に水戸を与えた。これが徳川御三家(ごさんけ)の始まりである。代々この御三家から将軍が選ばれた。ところが御三家間の権力争いがすさまじい。第八代将軍・徳川吉宗はその御三家にかわって、自分の二男・宗武を田安徳川家、四男・宗伊を一橋徳川家の始まりとし、長男・家重を第九代将軍とするいっぽう、その二男・重好を清水徳川家の始まりとした。この田安、一橋、清水の各徳川家が御三卿(ごさんきょう)となり将軍を選ぶことになった。

田安徳川家は江戸城内田安門内、一橋徳川家は江戸城一橋門内、清水徳川家は江戸城清水門内に屋敷がある。いずれも十万石である。領地の城に住むことはない。血縁の争いを防ぐためであった。が。暗闘は胎動していた。

続く







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