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二十一、反田沼
田沼意次(たぬま・おきつぐ)は、将軍・家治(いえはる)に詫びた。「私の不行き届きでございます。家基様にもしものことがあれば、切腹してお詫び申し上げます。いま御医師の池原雲伯殿がつききりで看病しております」
家治は冷静さを装った。昨今の家基の放蕩ぶりを知っている。
「意次。早まるな。家基に万一のことがあっても切腹はならぬ。松井の妻女の逆上は誠としても裏に必ず誰かいる。次は誰がどう動くかを見ておくことだ。そ奴がこの度の黒幕ということもある」「ご明察。じつは本日、私は一橋様より相談したいとの声がかかりました。まさか一橋様が黒幕とは考えられませぬ。単なる家基様へのお見舞いの相談と思いまする。ただし、いまだに一橋様の腹の内は読めませぬ」「一橋は直接動くまい。いるとすれば一橋に通じる男だ。田安家はどうだ」
「田安家は治察(はるさと)様が亡きいま。空き家同然。定信殿が松平家に代わりの養子を迎え、自ら田安家に戻りたいとの嘆願書が宝蓮院様から出ております。ご承知の如く『一度、他家へ出た者は、御三郷に戻ることはできぬ』と返事しておりますがご不満は露骨でございます」「定信を養子にして次期将軍とするか。大御所として実権をにぎればよい」「おたわむれを。上様。家基様はまだご存命。不吉なことはおやめください」
「あの様子では助かるまい。将軍としては先を読むことも勤めぞ」「恐れ入ります。しかし、もし定信様が上様のお命を狙っているとしたら、いかがなされます。お庭番から何かお聞きになりませぬか」「聞いてみよう。そのような気配があるのか」「ない。とはいえませぬ。田安家から松平家に出されたことを恨んでおります」「それは、わかっている。何か動きがあるのか」
「松平定信様は、弓矢、刀を使わず、素手にて相手を倒す起倒流柔術に熱を入れておられます。この流儀の指南役は鈴木清兵衛。定信様自ら四天王の一人となり門弟三千人が陸奥国だけでなく江戸にも潜伏しております。何のために武闘団をつくられたか。腹の内がわかりませぬ。群れず、行動は一人一人。と聞き及びます。まさか、とは思いまするが上様の警護は以後厳重にいたします」
十日後、家基は苦しんだ挙句絶命した。将軍・家治は五日間、食事できなかった。家基の遺体は密葬され、その死は三年間伏せられることになった。死因について噂を立てることも禁じられた。家基は家治と側室お知保の方との間に生まれたが、正室・倫子の養子として育てられていた。家基は田沼意次に放蕩を注意されたことに腹を立て、田沼の政事を批判することが多かった。そのため死後「田沼に謀殺された」という噂が広がった。
続く
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