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二、船頭新七

ふと目をあけると、顔なじみの船頭、新七の笑顔が鼻先にあった。「助けてくれたのか。どうやって!」と徳内は驚いた声をあげた。「松前の港にいたら十内さんから、白神岬の一番出っ張ったところに行って徳内さんを助けてやってくれと頼まれた。急いでいきたら間に合ったというわけだ。もう安心。松前は、この船に気付いていないよ」という。「泳ぎには自信があったのになあ」「はは、気を失っていたぞ。死んだと思ったくらいだ」
 
小船は新七の持ち舟である。器用に櫓を漕いだ。津軽海峡の真ん中である。船底に当たる波の音だけが、ぱしゃ、ぱしゃと、うるさかった。

新七にとって、徳内は兄の恩人であった。ラッコを密猟した時、氷のような海に落下した兄を、徳内は自ら飛び込んで助けてくれたのである。その兄は野辺地から西周りの船で出羽の酒田に出かけていた。「徳内さんに会うことがあったら、できることは何でもしてくれ」と頼まれている。

徳内と新七は、三厩(みんまや=青森県東津軽郡)の船頭、塚本五右衛門の世話で知り合った。新七は、野辺地を拠点として津軽半島の平館、下北半島の佐井を往復して人や小荷駄を運んでいる。夢は「五百石船を持つ」ことである。

時折、荷主に頼まれて松前へ往復することがあり、1か月前、徳内から「どうしても蝦夷地へ行きたい」と頼まれた。心配した通り、政情の変化で松前藩の態度も変わっている。それにしても徳内が罪人のように追われるとは意外であった。

「野辺地で、親しい人はいるのかい」と新七が聞く。「野辺地は好きな村だ。気はすすまないが、親戚はいる」と徳内は軽く答えた。「長屋だが、わ(私)の部屋がある。何日でも泊まってくれ」「ありがたい。しばらく頼む」
 
未の刻になった。風もなく波は静かである。真紅の夕日が沈む。船は津軽半島に沿って南下した。野辺地の港は湾岸の中央にある。野辺地の港は、北の長崎とも呼ばれた。大阪へ行く東周りの千五百石船や、酒田へ行く西周りの五百石船、松前船など大小の商船が帆をおろしていた。積荷や荷下ろしは申の刻、つまり夕刻まで続く。出荷で多いのは、幕府御用の南部銅である。尾去沢銅山から来満街道の大柴峠を越えた粗銅が運ばれてくる。その粗銅は、大阪の銅座へ運ばれ精製されて和紙で包装される。さらに木箱に入れられて長崎へ運ばれた。
 
百姓一揆が多い東北地方で、この野辺地だけが怪しい賑わいをみせているのは、それだけが理由ではなかった。







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