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十九、鷹狩り

「聞いて驚かれると思うが、これから話すことは嘘偽りではない。結論から申せば、これは田沼様や他の陰謀ではない。まったく突然の出来事であった」谷島七右衛門は、記録したものをゆっくり読むような口調で語りはじめた。

安永八年(一七七九年)二月二十日、南品川宿の近く。雑木林を背にした丘陵の一画に松井甚助という徒歩目付け役の屋敷があった。百俵五人扶持である。この日は冬にはめずらしく快晴。梅もほころぶ暖かさが人のこころを浮き立たせていた。すぐそこに春がきていた。草木から青い臭いが漂っている。

早朝から江戸城を抜け出た五人の騎馬武者がいる。鷹狩り装束だ。先頭はまだ十七歳の徳川家基(とくがわ・いえもと)である。将軍・徳川家治(とくがわ・いえはる)の嫡子。次期将軍と決まっている。供の一人に加わった谷島七右衛門は鳥見組頭、若年寄り支配下の二百俵、五人扶持であった。あとの三人は鳥見役。お世継ぎが鷹狩りに出かけるというには、あまりにもお粗末な警護だといわれることになるのだが。家基、突然の気まぐれであった。

「鷹狩りは仮の名目だ。品川の奥に双子の美人姉妹がいると評判ではないか。きょうも女狩りだ。少し変わった娘を試したい。将軍になれば大奥千人の女に囲まれる。女に慣れておかねばの」と家基は谷島七右衛門にささやいた。

家基の昨今は、こうした放蕩が多い。旗本一千石の妻女を犯して自害させたばかりであった。ささやかれた七右衛門は「はっ」と答え、にんまりした。家基はあと四年すぎれば将軍になる。父の家治は大御所となる。老中の田沼意次は自らの嫡子を若年寄りに加えていた。家基が将軍となった時の老中にすべく、じわりと駒をすすめている。七右衛門も、いま家基の放蕩の手伝いをしておけば四年後の出世は間違いなかった。

松井甚助には、昨日内々に知らせてあった。「よいか。もしもご落胤をやどせば破格の出世となろう」と小判五十両を渡した。松井甚助も「娘のどちらか一人を選ぶのが大変じゃ」と喜んだ。七右衛門は「馬鹿者。二人共なのだ!」とたしなめる。甚助は「ひえっ」と目を丸くした。

小さな屋敷の庭には梅の木が三本並んでいた。白いつぼみが陽光に輝いている。春がそこまできていた。甚助は妻子に心得を説き聞かせ、庭の見える部屋に新しい畳をいれた。掛け軸の前に白酒、塩瀬の饅頭を飾る。金屏風で茶釜を置き茶席も用意する。甚助の妻、登瀬は小堀遠州流を習っていた。

隣室は絹布団が三つ敷かれた。早朝陸揚げされた品川沖でとれた魚を焼き、供の四人にも酒席の用意をした。「若君様のご到着である。松井甚助の出迎えを許す。案内せよ」と七右衛門の声が響く。紅潮する甚助とは反対に、妻・登瀬の顔が青くなった。異様に震え出したのである。

続く






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