十四 工藤平助
元吉は、姿勢を正した。「私は貧乏百姓の倅で出羽では行商をしていました。江戸のどこかで働くつもりで出てまいりました。身元引受人もおりません。肩をお貸ししただけです。ご立派なお屋敷で過分なおもてなしを受ける身分ではありません。これで失礼したいと思います」「お前さんの人柄は、わかる。江戸はな。気を失って倒れていても誰も助けないのだ。着物を剥ぎ取られる前に助けてくれた恩は忘れないぞ」この時、工藤平助は四十七歳。後輩の林子平が「海国兵談」を書くというので、その序文を書いた。いらい「開国派」の論客として知られている。
「偉い方とは存じませず、ご無礼がありましたら、お許しください」「わしが受け人になる。蘭学医の見習いでどうだ。番所にそう届けておこう。無宿人ではまずかろう。ここでしばらく手伝ってくれ。面白いぞ」「本当でございますか。お言葉に甘えます」と返事した。幸運な滑り出しだ。
翌日。元吉はわが目を疑った。屋敷の前に百人以上の老若男女が並んでいる。「毎月一のつく日は、ただで病いを診るのです。列が混乱せぬよう外で見張りをと旦那様からの伝言です」と若い下男がいう。「はい」と返事して元吉は機敏に立ち部屋を飛び出す。途中で見た光景は新鮮だった。診察する部屋はオランダ式の高い円卓が置かれ、その周りに安定性のある腰掛けがある。診察する平助の側には、娘の綾子が薬袋を運んで忙しく手伝っていた。見習いの男たちも四人いる。はじめてみる蘭医の世界に元吉は憧憬をいだいた。蘭学を覚えたいものだ。
柳並木の表には未明から座り込んでいる者もいる。元吉は通行人の邪魔にならないように列を整えた。圧倒的に多い病人は、癪(しゃく)や脚気(かっけ)だ。中には眼病もいる。日頃、金のかかる医師に診てもらえない町人が多い。
その間を縫って工藤邸に訪れた身なりのよい侍がいる。「吉村玄九郎と申す。工藤殿へお目通り願いたい」と案内を乞う。元吉は「はい、しばらくお待ちを」と屋敷内の平助へ伝えた。「ああ、わしがそっちへ行く」と平助が足を引きずりながら玄関に立つ。吉村玄九郎という若い侍は立ったまま挨拶をすませ、早口で伝言した。「明日、田沼意次様のお側用人、三浦庄二様が夕刻、お見えになります。外出されませぬよう、お伝えに参りました」という。平助は承知した。
元吉は震えをおぼえた。会話の中に出てくる「田沼意次様」とは、いま天下に号令する老中、田沼意次のことではないのか。その側用人と平助はどのようなかかわりが、あるのか。玄九郎が立ち去ったあと、平助が命令調になった。「元吉。明日の夕刻までに一巻、清書してもらいたい。その隅にある箱の上に置いてある。下書きの『赤蝦夷(あかえぞ)風説考(ふうせつこう)だ」「はい」と答えたが、下書きは十巻ある。とても一日で清書できるものではない。無理だと思ったが、平助は無理を承知で命じている。明日渡す一巻に違いない。今夜は徹夜だと覚悟した。田沼意次へ提出する文書であれば文字も美しく描かねばなるまい。元吉は「赤蝦夷風説考」の書き出しを見た。それは建白書であった。
続く
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