十一、紅の唄
「たまげだ。急に大人になった」と元吉は、ちえに声をかけた。ちえは「ありがどさん」と言葉も大人のようだ。親父が出てきた。元吉に、さらりという。「ちえは江戸へいぐ。奉公先が決まったで…」と表情は暗い。売られるのだ。元吉は声もなく黙り込んだ。自分も江戸へ行きたいと言葉が出そうになった。だが、声にすれば、ちえの後を追うのかと誤解されそうだ。うなずいて、ちえの頭を軽く撫でた。それが精一杯の表現であった。養女に出した妹に似ていた。
ちえが大きな声で「元吉さんも江戸へいぐなやっす?」と聞いた。元吉は少しうろたえて首を横にふった。その日、船着場では酒田へ運ぶ「ひらた舟」三十艘が山のように紅の花を積んで出帆祝いをした。元吉とちえは、その光景を黙って眺めた。わずかな、甘いにおいがあたりに漂った。船頭たちが舟唄をうたいながら岸を離れた。紅の花は、この界わいの名産品である。江戸だけではない。京や大阪へも運ばれた。
数日後、そば屋に、ちえはいなくなった。老夫婦もさみしそうである。夏がすぎて秋になった。元吉は、相変わらずそば屋へ立ち寄っていた。そば屋で煙草を買った二人の武士がいる。江戸から来たという。「尾花沢の鈴木という茶人宅へ行きたい。往復案内してもらえればありがたい。相応の礼はする」と男は一両を見せた。元吉は快諾して、その二人を案内した。
尾花沢は、大石田の隣村である。出羽の者で尾花沢の鈴木邸を知らぬものはいない。初代の鈴木八右衛門から、最上、村山の紅花や青そ(いずれも染料などに使われる)や米などを扱う豪商である。俳人、鈴木清風としても知れている。いまは三代目になる。鈴木邸での話はすぐ済んだらしく男達は尾花沢で一泊した。もちろん元吉も同宿する。
翌日は鈴木宅から二人の少年を伴い、計四人で江戸へ出立することになった。「江戸で勉学に励むのだ」と教えてもらう。やはり良家の子弟は少年時代から、こうして江戸留学が出来るのだ。楯岡に戻ると男達は元吉に銭二千文を渡した。一両の換算は銀で六十匁、銭で四千文である。約束が違うと思ったが、黙るよりほかはなかった。わらぶき屋根の家に帰ると、母が青い顔をして元吉を出迎えた。
「おとうは…死んだ」というなり元吉の腕に倒れこんだ。風邪が原因だった。母と二人で寺へ行き、父の供養をすませたあと、母と今後の暮らしを話会った。母はきっぱりと答えた。「私は実家へもどり兄さんの世話になる。心配するな。お前は何とかして早く江戸へ行け。もうすぐ出稼ぎ禁止になる」
続く
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