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一、蝦夷の逃亡者
徳内は、師の本多利明と、信州の小諸にいる。利明が大きな声で叫んでいた。「徳内よ。浅間焼けでは二万人が死んだ。見ろ。ああの煙は江戸へも広がっている。灰は仙台まで降ったそうだ。これから大飢饉だ。国を立て直さなければいけない時がきたのだよ。おい。聞いているか!」「はい」と答えようにも、声が出ない。足を踏み出そうとするが動かない。よく見ると足元の地面が溶解し、大きなひび割れをみせはじめていた。
「徳内。どうした!」という利明の声が、違う声になった。「徳内さん。徳内さん。起きてくれ!」とはっきりしてきた。潮風を頬に感じた。波の音がする。体を動かすと瞼に強い陽射しがあたる。岩礁の陰に棄てられた老朽した小船の中に寝ていた自分に気がついた。夢を見ていたのだ。
「松前藩が、徳内さんを捕らえるために総動員している。捕まれば殺される」という十内の声がした。十内も松前藩のアイヌ通詞である。十内自身、主家への背信行為という危険をおかしている。徳内は「わかった」と小船からすべり出て、そのまま海にもぐりこんだ。
徳内は、これまで体験したことを、この蝦夷地(北海道)で役立たせたいと念願し、再三、松前屋敷を訪れた。「飯さえ食わしてもらえれば、この土地を豊かにできる自信がある」と訴えた。が、玄関払いされてしまった。松前藩は徳内の功績や実力を江戸幕府より知っているはずである。なぜ警戒されるのか、わからなかった。幕府見分隊の一員として、蝦夷地に来たことが警戒される原因なのか。
しかし幕府の事情は一変し見分隊は解散した。一時雇いとして見分隊のうしろをついてきたにすぎない。徳内が知りえたことは、江戸幕府や松前藩にとって大いなる財産になるはずであった。江戸の政変だけで、無にするには、あまりにももったいない話であった。どうして、わかってくれないのか。なぜ罪人のように捕らえようとしているのか。情けない思いがこみあげる。
海から岸に上がって岬へ向かった。すぐ近くに漁船がよく通る海路がある。「いたぞ!こっちだ」という声が背後を追っていた。弓矢が何本も飛んでくる。追いつめられた。断崖から見下ろすと、眼下に荒波が大きな口をあけて揺れている。黒い底なしの地獄門が開いていた。すべては宿命である。こんな時は運にまかせるしかない。
徳内は、断崖を飛び降りた。不覚にも、落下途中で失神した。
続く
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