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「夢を見る力がある限り、明日はある!」
甘く、魅惑的な、どこか切なく、しかし、凛とした声で小百合様が銀幕から私に囁いた。
映画「北の零年」主演・吉永小百合様からのメッセージです。
1957年、ラジオ番組「赤胴鈴之助」に耳を傾け、映画「まぼろし探偵」・「草を刈る娘」・「キューポラのある街」・「青い山脈」・「いつでも夢を」・「伊豆の踊子」・「光る海」・「愛と死をみつめて」・「青春の門」などなど、小百合様は私の傍にいつも居ました。
だから、小百合様は私の幼馴染であり、初恋の人・アイドル・マドンナです。
今回の「北の零年」は111作目の主演映画。
過去110本全作品が写真入りで吉永小百合ホームページに紹介されています。
主演映画のNo.1に掲出されているのは、1959年3月4日に封切られた「朝を呼ぶ口笛」。順にクリックしていくと、その時その時の小百合様が映し出されます。
小百合様の成長は私の成長です。
当時の日本経済を反映しているのでしょうか、60年代の役は「清く貧しく美しく」が多い。
主演映画のNo.36は、1963年1月3日封切りの「青い山脈」。主題歌のイントロ♪タンタンタン・タンタンタン・タララララッタタ♪を聞くだけで「青春」が蘇ってきます。
閑話休題。
「北の零年」の行定勲監督に質問。
北の大地を見事なまでにカメラに収めていますが、それに専念したためか、人物描写が少々疎かになったのではないでしょうか?
大女優吉永小百合を向こうに回し、猛吹雪の中でのシーンを何度も撮り直ししたと聞きます。確かにあのシーンは印象的ですが、実はあのシーンから私には、ある不協和音が聞こえ出したのです。
小百合様が演じる母親は子供を連れて猛吹雪の中に出て行く。恐らく周囲の非難に堪えかねて、まだ帰らぬ旦那を探しに家を出たのでしょうが、あの吹雪では自殺行為です。小百合様は悲観して子供を道連れに自殺しようとしたのでしょうか? そうとは思えないのですが・・・ それにあの吹雪の中に数時間おれば顔などは推して知るべし・・・
渡辺謙の演じる役も物語の前半と後半ではまるで別人。ジキルとハイドです。
人間、あんなに身勝手に冷酷になりたくてもなれないはず。あの変節にはもう少し説明・理由・必然が欲しい。彼は記憶喪失で村に戻って来たのだと私は思いました。でないとああいった凱旋するかのような態度はできないと思います。
石川ゆり子の役も複雑です。
「子供を守るためなら何でもする」は男の私でも理解できます。我が子のためなら、大事な人すら切り捨てる。それは母親の愛だと思います。不可解なのはラストシーンで見せた彼女の行動です。なぜ彼女は瀟洒な西洋服を脱ぎ捨て、もんぺを纏い鍬を手にしたのでしょか?彼女は二度目の夫が失墜したので寝返ったのでしょうか?
小百合様はクライマックスで、ある男を身を挺して護りました。邪推ですが、考えるのもおぞましい事ですが、小百合様はあの時、恐らく他の男に心が動いたのです。気持ちは分かりますが、小百合様の不貞は辛い。小百合様に不貞は似合わない。吹雪の中ではリアル感を度外視して小百合様を美しく撮影したのに、最後の最後に来て、何故小百合様の心の揺れを曝したのでしょうか?
この映画の底辺にチロチロ流れているもの、それは揺れ動く「女の心」です。
行定監督はまさかこの映画で「不倫肯定」を描き出したかったのではないでしょうね?
ともあれ、昭和・平成と半世紀以上、悲しいときも辛いときも離れずいつも傍に寄り添ってくれ、結婚はされたが子供は作らず操を立ててくれて、今もなお私と共に歩んできてくれる「心の妻」、小百合様に心から感謝したい。
了 |