| 「久々の見舞い」 |
| 伯母が、療養型病床群許可病院からIケアセンターに転所したと、連絡をもらっても面会に行く機会が、長い間ありませんでした。たまたま、遠出の用事があり、途中帰路に立ち寄れることになりました。 |
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| 「大叔母の逝去」 |
| とうとう大叔母が亡くなりました。老衰でした。通夜・葬式を伯母が喪主で執り行うことになったので、叔父夫婦が介助して遠距離をやって来ました。車椅子を車のトランクに積んで、パーキングエリアでトイレ介助しやって来ました。 |
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| 「伯母の目標」 |
| 大叔母が風邪から肺炎にかかり入退院を繰り返すようになりました。退院してもしばらくするとまた入院です。94歳の高齢だと体力も衰えて、元のように元気な姿になるのは不可能です。 |
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| 「転院の効果」 |
| 伯母がH市に転院してから、一ヶ月が経ったので、ドライブがてら面会に行きました。「遠いところ、よく来てくれたねぇ。」と、久しぶりの再会を喜んでいるようでした。 |
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| 「療養型病院へ移転」 |
| 伯母は叔父夫婦の居住地の療養型病院に移ることになりました。叔父の奥さんが、役所・病院・口コミ・・など四方八方で調べた上で、叔父宅から車で10分くらいの距離のところに決めました。 |
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| 「今後の問題」 |
| 病院の方から、今後どうするか考えて置くようにと言われました。原則として、半身麻痺の状態が、これ以上改善されないと判断されたら、退院しなければならないのだそうです。病気の治療は終わっているから、3ヶ月以上は入院できないそうです。 |
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| 「お見舞い(4)」 |
| ある日、お見舞いに行った時のことです。いつもの場所にいないのです。部屋をのぞくとベッドに横になっていました。その横で、見ず知らずのおばさんが、世話をしてくれているのです。 |
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| 「お見舞い(3)」 |
| 伯母は、幻覚を見るようです。「○○が来ている」・「○○が今帰った」・「○○が交通事故を起こしたので心配だ」・・などと、話すのです。絶対、有り得るはずがないことが、見えたようです。 |
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| 「お見舞い(2)」 |
| 洗濯物などの荷物を病室に置き、食堂兼娯楽室にいる伯母のところへ行くと、「さぁ、お部屋へ行こう」と言います。じっとして、私が車椅子を押すのを待っているのです。車椅子を乗りこなすことも、リハビリです。 |
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| 「お見舞い(1)」 |
| 伯母の病室に行くには、エレベーターを利用しなくてはいけません。車椅子の患者さんが多いので、ドアの開閉・昇降には、時間をかけているので、急いでいる時は、階段を使用したいのです。2階なので、階段で行くほうが早いのです。 |
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| 「入浴日(2)」 |
| なぜか、伯母は入浴を嫌がります。機械入浴で、椅子に座ったままで湯船に浸かれるし、体はヘルパーさんが洗ってくれ、シャンプーまでしてくれます。楽に、入浴ができるはずなのですが、「入らない。」と、看護婦さんを困らせていました。 |
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| 「入浴日(1)」 |
| 女性の入浴は、火・木・土の週3回です。伯母のご機嫌次第で、午前になったり、午後になったりと、時間は決まっていませんでした。入院したころは、そういう事情が分からなかったので、イライラした気持ちで、入浴が終わるのを待っていました。 |
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| 「お見舞い」 |
| 伯母は、「介護療養型医療施設」に転院しました。嚥下ができないため、とりあえず一般病棟に入院しました。5日目に介護療養型医療病棟に変わりました。 |
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| 「退院」 |
| 伯母の治療は終わったと言う理由で、退院を、催促されました。しかし、左半身不随では家に帰っても、一人で生活できるはずがありません。訪問介護ヘルパーさんに来てもらっても、無理です。新築で、高齢者が住めるように、設計してあっても、やはり、一人では無理です。 |
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| 「大叔母をどうする」 |
| 母はとりあえず、完全看護の病院に入院しました。次に、94歳の大叔母を、「誰が世話をするか」の難題です。認知症で寝たきりに近い状態なのに、介護認定を受けていなかったのです。 |
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| 「引越し当日に」 |
| 思い返せば、2005年11月9日のことです。94歳の大叔母と83歳の伯母が、新居に引っ越すという、まさに当日の早朝、我が家の電話のベルが鳴りました。 |
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| 10月11日(火) 「添い寝」 |
| レンタル会社へ車椅子の修理を頼みました。二日後には新しい車椅子と交換して下さいました。係員の方が、ついでに介護用のベッドも点検して下さいました。リクライニングベッドですが、母はリクライニングをほとんど使用していません。 |
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| 9月23日(金) 「車椅子が故障」 |
| 台風の接近で強風が吹き、看板やゴミ箱など、色々なものがあちらこちらに散ばっています。大きな損害にならなければ良いのになぁと思いました。朝6時少し前、母が毎週通っている病院へ、診察券を出しに出掛けました。 |
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| 8月15日(月) 「老人ホーム」 |
| 寂しいのが大嫌いな母です。朝、目覚めると同時に私に向かって「私が死ぬ時は、おいでおいでをしてあげるから、一緒に付いて来てね。」と申しました。たぶん何か夢でも見ていたのでしょう。 |
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| 8月01日(月) 「入れ歯」 |
| 今年に入り原因が解らず、血尿・血便と大変辛い思いをしておりましたが、泌尿器科にて原因が解ってからは、前にも増して元気です。母が苦しんでいる時期は、私の方が何倍もの心労、介護でパンク状態になりかけていました。 |
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| 7月17日(月) 「好物の鰻」 |
| 日曜日、久しぶりの日差しが見え、さわやかな早朝でした。 母を車椅子に乗せて散歩がてら、母の好物をランチでと思わせる気分でした。 |
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| 7月04日(月) 「不在者投票」 |
| 6月末、7月3日の選挙に母を連れていけないことに気付きました。 そのことをたまたま親友に話しますと、6月30日朝、車で迎えに行くから仕度をして待っているようにと、言われました。 |
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| 6月27日(月) 「菖蒲園」 |
| お天気の良い日、デイサービスで菖蒲園へでかけました。 私はスタッフの方が夕方送り届けて下さった時に、それを知りました。 |
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| 5月9日(月) 「ショートスティ」 |
| 新聞テレビでは大勢の方々が旅行や行楽に出かけるようで賑わっています。数年前までは母と私は「ゴールデンウィークはお互いに干渉しっこなしね」と言いながら別々に楽しんでいました。 |
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| 4月30日(土) 「食事」 |
| 今朝は起きるなり、お腹が痛いと言います。 4月に入り尿とりパットに出血が、一日に2〜3回程あり心配です。 |
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| 4月23日(土) 「徘徊」 |
| 今朝7時頃、母の姿が見えず大騒ぎとなりました。 通常私は5時半頃起き家の回りを掃除し、花に水を与え、家業の看板を表通りに出します。 |
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| 4月20日(水) 「母の一日」 |
| 母の一日をご紹介します。 月〜土まで7時〜7時半ごろ起床。 |
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| 4月17日(日) 2005年 「母を紹介」 |
| 母は明治45年生まれ93歳になります。 生まれは東京神田育ち下町のど真中です。 |
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