私の介護日記 


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4月23日 『徘徊』
今朝7時頃、母の姿が見えず大騒ぎとなりました。
通常私は5時半頃起き家の回りを掃除し、花に水を与え、家業の看板を表通りに出します。

ここ数日、暖かい日が続き草花の植木にも雑草が多くなり、草むしりに時間がかかり、大分キレイになった頃二階へ上がり母がベッドに居るのを確認。6時半頃3階の仕事部屋の掃除をして2階に戻りましたら母が見えません。トイレかなと見ましたが居ません。

母のベッドの後ろの部屋に私のベッドが置いてあり、よく私のベッドに潜り込んでいますが、今回は見当たりません。玄関においてあるサンダルがありません。急いで外へ出て家の廻りなどを探しましたが居ません。自転車に乗り更に5分ほど外回りをしたましたが一向に影も姿もなく、その内に私の頭はボーとどのようなことをしたら良いのか分からない状態です。

家に戻り、万が一のこともあるので、思い切って110番へ電話しました。応答していただいた係官が無線でパトロール中の方々へ事情を伝えて下さり、間もなく自転車で担当の方がお見え下さり、事情を細かく聞かれました。担当の方も自転車で細かい所を探して下さる事でした。私には待機するよう云われましたので家で待つことにしました。

朝早くからおまわりさんと家の前で立ち話をしていますので、ご近所の2,3の方がすぐ何事が起きたのかと寄って来て、事情が分かると手分けして探しに行って下さいました。
居なくなったのは今回が初めてではありません。一ヵ月程前も2階から降りて外の門を開け30m程の所で転んで動けなくなり蹲っているのをたまたまご近所の奥様が通りかかり、すぐに知らせて下さったこともありました。

懲りた私は次のこともあると考え,入口のドアにはロックの他に鎖の錠もかけるようにしました。だのに簡単に開錠して外に出たようです。

居なくなって1時間半ほど経ち8時半を回りましたので、ディサービスに電話し今日はお休みする事情を話しましたらスタッフの方が園でもバスが回っているので探してみましょうと仰って下さいました。

それから10分ほど経ち、ドアをノックするのですぐ開けましたら4・5階を貸しているご夫婦が見え、屋上でおばぁちゃまが足を投げ出して座ってヒザを一所懸命さすっていると知らせて下さいました。

奥様は洗濯物を干すため屋上へ行かれ、壁と洗濯物の間に座っている母を見つけたようです。奥様と一緒に急いで屋上に行きましたら泣き笑いの顔で私にしがみついてまいりました。「大丈夫?」と聞きますと「全然」と云いながら「ダッコして!」と申します。

奥様と二人で二階まで戻りましたが、足取りはしっかりと階段を降り、最後に奥様へ他人事のように丁寧なお礼を申していました。

私は安心と同時に心臓はバクバクし鼓動を打っていました。

同時に頭を過ぎった事があります。前日は朝から2回ほど粗相があり、私が声を少し荒げていましたら、永らく私を睨んでいました。それでもディサービスから戻りました時は普段と変わらずちゃらけていました。

その晩の6時のテレビニュースでポール牧さんが屋上から飛降り自殺を図ったと伝えているのをじっと見つめていたような気がします。「まだ60歳くらいで若いのに。お母さんと年を変わってあげたいわね」と私が申しますと、「年齢はお金を積んでも買えないね」と云っていました。

夜ベッドに入る前にも一度粗相がありましたが、朝にきつく言って後悔の念もあり、優しく接していましたら突然「いつも迷惑ばかりかけて悪いね。私も早く死にたい」と言います。

ドッキとした私はすかさず「死んでしまったら学校へも行けないし、美味しい物も食べられなくなるのよ」と軽くいなすと

「そうね。いつも美味しいお菓子は私に余分にくれるものね」と言いながらベッドに入りました。

やはり自尊心が傷つけられれば高齢者でも堪えるのでしょうか。



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