特別コラム『近松心中物語伝説』 (後編) By プロデューサー/中根公夫




写真提供/ポイント東京 撮影/石郷友仁
しかし私が蜷川さんの才能に本当に舌を巻いたのは何といってもこの芝居のラストシーンです。初演の台本のままだと、ラストは平群谷の雪の中、またしても死に損なった与兵衛がたった一人暗闇に取り残され「・・・寿命が来るまで生かしといてや。」と孤独に叫ぶところで幕になっています。ところが、稽古も半ばを過ぎた或る日の事、蜷川さんが顔を寄せてきて重大な秘密をもらすように云うのです。「ラストを一寸変えようと思うんだけど、今日やってみるから見ててくれ。」なぬ、本を変える?私はとっさに秋元さんの怖い顔を思い浮かべながらおびえました。そして稽古を見て私は心の底からこの演出家の才能に敬服しました。


それが現在の形、与兵衛が最後のセリフを終えて立ち上がり振り返ったその一瞬、与兵衛の居る場所は一幕一場の大阪揚屋町の華やかな雑踏の中に変わっているというラストシーンだったのです。稽古を見た秋元さんは脚本の生原稿の最後に一行書き加えました。「幻影の揚屋町と群集」そしてその生原稿を稽古の最終日記念にと蜷川さんに贈呈しました。帰り途何か晴れ晴れとした顔の秋元さんに今度の舞台の出来はと尋ねると、「三振に討ち取ってやろうとしたらホームランを打たれました。私の負けです。でもそれは快い敗北です。」更に舞台稽古の間の三日間秋元さんはしきりと腕を撫し、「スタッフでも役者でもいいかげんな仕事をしている奴は機関銃でなぎ倒してやりたくなるんですよ。」とおっしゃる。

写真提供/ポイント東京 撮影/石郷友仁


写真提供/ポイント東京 撮影/石郷友仁
初日の幕が下り、盛大な拍手を背にロビーに出て私は聞きました。まだ撃ち殺してやりたい者はいるかと。するとニッコリと笑って、「武器よさらば。」伝説のこんな源を各スタッフや俳優ごとにたずねて行ったら、一冊の本になってしまう。かくて「近松心中物語」は千回を超える上演を経て名作化され神話化された。戦後演劇の最高傑作と云われ現代劇の金字塔と云われた。そのことに苛立ったのが他ならぬ蜷川さんでした。伝説は形骸となり名作は硬直化する。千回を経て様式化し型にはまってきた舞台を見て演出家は云いました。「初心に還ろう。」私はタイトルに敢えて「新」を付けました。一番変わったのは新しい若々しいチームの俳優たちとその演技です。千回もやっているうちに歌舞伎のように型になりつつあった演技を演出家は徹底的にタメ直しました。
今回の舞台はよりリアルに生々しくなったと思います。こうしてこの作品は成立してから25年、次の25年はどのようになっていくでしょうか。それを手がけるプロデューサーも演出家も別の人でしょうが、そのようにして生きていく作品です。この作品は。  完

写真提供/ポイント東京 撮影/石郷友仁


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