ぶたい制作日記 2005年10月13日(木)

「深まりゆく秋に」

小生の住まいから駅に向かう途中、路地一杯に芳香を放っていた金木犀は先週の連休に降った雨ですっかり花弁を落とし、濡れたアスファルトを金色に染めています。一雨ごとに秋が深まっていく感じですね。

先週のつぶやきでは「好色一代女」の公演終了と共に魂の抜けてしまった間抜けな姿をつい露呈してしまいました・・・。今週の小生はと云えば、まあそれ程の大差は無いのですが、それでも少しは凝りが取れて参りました。ふ〜っ。


久しぶりに青空が広がった今日のような爽やかな日には、堅苦しいネクタイなどを脱ぎ捨てて何処かに出掛けたくなる気分ですが、皆様はいかがでしょうか。交流掲示板を拝見すると美味しそうな食べ物のお話やら芸術のお話などが交わされております。確かに秋というのは何をするにも良い季節なのかも知れませんね。大いに楽しんで下さいませ。

ここ数日の間に小生宛てに幾つかの劇団から機関誌が届きました。これらは本来各劇団のファンクラブの会員向けに発行されているものですが、ページを繰りますとそれぞれの団体の個性が出ていてなかなかのもの。読み応えがあり、充分楽しませてもらえます。そりゃそうですよね、劇団ですもの、座付き作家はいるでしょうし、作文の得意な役者やスタッフも大勢いる筈ですから書き手には苦労しないでしょう。しかし、インターネットが一般家庭にも広く普及した今もこうしてきちんと印刷を施してファンの方達に郵便で会報を送ってくれるなんて嬉しいじゃありませんか。流石に肉筆ではないものの、綴られた文章を読んでいますと書き手の人と成りばかりか体温すら確かに感じられるのです。

そう考えてみますと、このつぶやきは印刷物ではないものの、もう一年近くもこうしてつぶやき続けている小生などはおそらく先輩諸氏からは何でも見透かされてしまっているのでしょうね。

機関誌にはこの年末の舞台紹介どころか、再来年の上演予定まで告知されています。忙しいのは当カンパニーばかりではないようで・・・。“親の死に目にも会えない”などと云う言葉がございますが、舞台人は正にこれでございます。嗚呼、今年のクリスマス、恋人と過ごせる舞台人は果たしているのでしょうか。お正月、家族で温かい食事が出来る舞台人は一体・・・・・。どうも因果な商売でございますなぁ。

何はともあれどうぞ皆様、美味しいものをうんと召し上がり、美しいものをたんとご覧になって、ますますお元気でいらして下さいませ。 ではでは


追記:小生の文中、千秋楽を「千穐楽」と明記したことが何度がございました。これについてつい先日、チェックの厳しい当サイトの制作部長より「オイ、字がちがうぞ!」という指摘を頂きました。確かに辞書などを引くとご指摘の通りなのですが、本日は追記としてこの字の違いについてご説明致します。


皆様もご存知の通り、我が国に於いて一般庶民の間に“芝居を観る”という習慣が確立したのは元禄時代でございました。今でいうところの歌舞伎。これは当時、実際にあった事件などにヒントに、脚色をして演じたのが始まりでございます。当時は「女性が大衆の前に立って芝居(芸)をするということが風紀上ヨロシクナイ」ということから、男性が女性の役も演じることになりました。当時は当然電気などはありませんから、暗い芝居小屋では遠くのお客様にも役柄が分かるようにということで顔を白く塗り、隈取をするというあの独特の化粧が生まれたのでございます。そしてこの時の照明というのは、火。FIREでございます。当時ローソクは貴重品だった筈ですから、動物の脂を燃やして明るくする行灯のようなものであったでしょう。ようするにとても危険だったのでございます。「火事と喧嘩は江戸の華」などという威勢のいい台詞が江戸落語の中には良く出て参りますが、実際にはそんなに格好のいいものでも無く、庶民はおろかお武家さまだって火事ほど怖いものは無かったのでございます。そんな訳がございまして、芝居の最終日である千秋楽の<秋>を文字にする場合は、芝居小屋にとって最も怖い“火”という字を用いずに、縁起を担いで“亀”という字を当てたのでございます。どうでしょう、納得頂けたでしょうか?しかしこれはあくまでも芝居の世界でのみ通じる話で、漢字のテストで亀を使ってしまったら、点数はもらえませんのであしからず・・・。

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