第1回「好色一代女」装置会議/出席者8名/開始時刻 午後7時30分
9月の本番に向け、着々と準備が整えられている舞台「好色一代女」。前回のつぶやきでは佐久間良子・島健・上妻宏光という異色の3人の初顔合わせとなったある日の風景をお伝えしましたが、今回はこれに引き続き、その4日後に行われた装置打ち合わせの模様をお伝えして参りましょう。
6月15日(水) 曇り 舞台「好色一代女」の装置打ち合わせはこの日が記念すべき第一回でありました。スタートは午後7時30分。本公演の演出家・山田和也そして装置家・松井るみ。この両氏は現在の演劇界にあって兎に角売れっ子。多忙なるスケジュールを縫っての打ち合わせは、おのずとそれぞれの昼の仕事が終わった後の設定となるのでございます。今回は本作品で舞台監督を務める高橋氏(「ナイル殺人事件」でお世話になったあの方でございます)もこれに参加ということで、これまでは脚本(構想)の中にしか存在しなかった舞台作品がいよいよ具象をもってその姿を現しつつあるのでございます。
演出家の山田さんとはこれで何作品目のお付き合いになるでしょうか。そう、あのオコジョ事件があった「パパに乾杯」から始まり、これまでシリーズとして上演してきたアガサ・クリスティ作品の3本「そして誰もいなくなった」「蜘蛛の巣」「ナイル殺人事件」や、ミュージカル「ウッディ・アレンの世界中がアイ・ラブ・ユー」、そして「鹿鳴館」。こうして挙げてみますと本数もさることながら翻訳物からミュージカル、三島作品までバラエティに富んだお仕事をご一緒して参りました。一方松井さんとも忘れることの出来ない舞台をご一緒させて頂きました。秋元松代作による“戦後脚本の最高傑作”と謳われた「常陸坊海尊」(ひたちぼうかいそん)や奇しくも今回と同じ山田演出による「鹿鳴館」。さあ、今回はそんなお二人とまたどんな素敵なお仕事をご一緒させて頂けるのでしょうか?
この日の打ち合わせには小生も“立ち聞き参加”ではなくしっかりと席に就き、ノートを広げ一流スタッフに混じり、会議机に50cmばかりのスペースを陣取らせて頂きました。皆様の中には「営業担当がなぜ装置打ち合わせに?」と疑問を持たれる方がいらっしゃるかもしれません。いやいや、これが実は大いに関係あることなのでございます。舞台に建てられた装置とそれに伴った役者の動き。これらが客席からどのように見えるのか、このことに誰よりも神経を使っているのが何を隠そう営業担当者なのでございます。と言いますのは、二流・三流の装置家の中には客席からの見え方をまるで無視した輩もいて、客席(角度)によっては役者の動きが全く見えないような装置を平気で建ててしまうということが現実にあるのです。(こうした場合はお客さまに理由をご説明した上で席を移動して頂くことになります)最前列の一番隅の席であろうが、2階・3階の最後列の席であろうが、客席からの見切れ(物理的な要因により、舞台上の役者の動きが遮られて見えなくなってしまう部分)を作らない装置と演出、これこそ装置家と演出家に課せられた最も基本的な条件なのでございます。まあこうした心配はこと今回に関しては皆無なのではありますが、そこはそれ、お客様の味方(?)である営業責任者としては観客の目から見た装置を確認すべく、小生の出席となった訳でございます。
さて、山田、松井両氏を始めプロデューサーや舞台監督、演出助手、現場付きの制作スタッフと、皆が顔を揃えたところで会議は開始されたのでございます。がしかし・・・。口火を切った松井さんから出た言葉は意外にも次のようなものでした。
「実は、アイデアが全然浮かばなくって・・・今日は模型もスケッチも持って来ていません」「一体どうしたらいいものか・・・」「まさかこんなに手強い本だとは思わなかった・・・」「・・・・・・・・・・・・・」
山田「そうかぁ、天才・松井るみも流石に苦しんでしまいましたか・・・」「確かに手強い本だからなぁ・・・」「でもだからこそ、今日は楽しみにして来たんだけど・・・そうか、やっぱり苦しんでいるのですね」
松井「山田さん、あたしは天才じゃありませんよ・・・」「丁寧に読んだんですけどネ・・・」「読み込んでいくほど悩んじゃって・・・」「正直に言って、今日は何かヒントを得るつもりで来たんですよ・・・」「まずは山田さんの演出プランをお聞きしてから考えていこうって・・・」
これを受けた山田さんも「う〜ん参ったよね、実際・・・」「実は僕もまだ構想がしっかり固まっていなくて・・・」とつぶやきつつ、「ここ(本)に書いてある通りの装置を松井さんに用意してもらって、この本の通りに演出するっていうのは簡単なんだけど・・・」「それじゃあ折角中根さんから声を掛けてもらった意味はないし・・・・・・ですよね、中根さん?」と上目使い。
すると中根「言うまでもありません」とキッパリ。
山田、松井そして一同は「・・・・・・・・・」
こうして近来稀にみる仕上がりを見せた齋藤雅文氏による脚本を前に、一流スタッフが顔を揃えたこの日の会議は静かに、しかし重く重く始められたのであります。その後約2時間、山田さんが持参した様々な資料(写真集や文献)を基に侃々諤々の議論は続いたのですが、結論に至るような進展は見られず、会議は次第に硬直化し、日が出ているうちに既に大仕事をこなしてきている各々のスタッフの表情には疲れが次第に見えてくるのでありました。
それにしても、嬉しい悲鳴とはまさにこうしたことでありましょう。一流なるが故の苦悩・・・。例えるならば、まるで未踏峰の頂に向かい、ルートを模索しながら前進していく登山隊員のよう。(選ばれた者というのは目標とする山が厳しく険しいからこそ前進する苦悩の中に喜びを見出すことが出来るのかもしれません)
しかし遂に!いつ終わるとも知れぬこの会議も、コーディネーターでもあるプロデューサーからの一言でその解決の糸口を見つけたのでありました。
「乱暴な言い方をすれば脚本のスタイルは概ね二つの種類に分けられると思うんだ。一つはト書きや台詞の中に背景や装置に関する記述が一切書かれていないもの。もう一つはその真逆(まぎゃく)で、背景や建物の構造などが微細に書き込まれているもの・・・」「秋元先生の作品なんかは『近松心中物語』や『常陸坊海尊』を考えてもらえば分かる通り、典型的に前者のスタイルですよね」「でも、今回のこの本は明らかに後者にあたるわけで・・・・」「往々にしてこういう脚本の時は、念の入った装置を置かずに、観ている観客の想像に敢えて任せるといった手法が良いと思うんだけど、どうだろう?・・・」と。
「なるほど・・・・・」と頷く両氏に対し、さらにこう続けるのでありました。「ただ、これはあくまでもある一つの考え方で、絶対こうしなさいというプロデューサー命令ではないけどね」「僕は山田・松井どちらの才能も高く評価しているし、信頼もしている。でも、ひとまずこの方針で叩き台を作ったらどうだろう」と。さらに頷く両氏。
頭を抱えているお二人には申し訳ないのですが、小生にとってこの日の会議は実に楽しい(?)ひとときでありました。だって、こんなにも濃密な会議、日本演劇をリードしている芸術家たちの真剣な会話はめったに聴けるものではありませんでしょ!?スタッフ冥利に尽きるといったところでございます。
さあこの次、第2回の装置会議は一体どのような展開になることでしょう。生みの苦しみ・・・。皆さまも、もしお気に召すならば、今後も暫くこの苦悩にお付き合い下さいませんか。 ではでは
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