「続・読書のススメ」 侮るなかれ!悠々生活者の巻
ほんの冷やかし半分、南房総の片田舎で年金暮らしをされる老婦人宅を訪問した小生。口八丁・手八丁で芝居の話をしたまでは良かったのですが…。
前号に引き続き、今回のつぶやきでは茶飲み話の思わぬ展開に冷や汗をかいた小生のその後をお伝え致しましょう。
世に読書好きは星の数ほどもいる。その昔小生が通っていた高校の古典の先生は1日必ず2冊ずつ本を読む(買う)ことを日課とされていた。少しでもがさ(本の容量)を減らす為に、書店の店員がカバーをつけようとすると、「やめろ!」と怒鳴り、もともと本に付いている帯やカバーまでその場で捨ててしまう。そんな先生だった(確か吉田先生だ)。実はこの先生左目が不自由でいらして、それを隠すように垂らした前髪がいつも顔の半分を覆っていた。笑顔など決して見せない厳しい(怖いのではない)方だったが、古文の現代語訳のその言葉遣いの美しさといったらなかった…。死神などというニックネーム(恐れ多くもこれは小生が付けた渾名である)からは程遠い雅な大和言葉を自在に操る素敵な先生だった…。卒業してからは一度もお目に掛かっていないが、風の噂では溜まりに溜まった本の重みでとうとう住居の2階の床が抜け、家屋が半崩壊されたそうだ…。まあこれは余談として、かく言う小生も履歴書の趣味の欄にはなんの躊躇いもなく“読書”と書く。10代の頃は通学(帰宅)途中で読む本、授業中に読む本、そして寝床に入ってから読む本と、常に3種類の読みかけの本を抱えておりました。
しかし、今回取り上げているこのご婦人方の読書歴はそんなものじゃない。若輩の、洟垂れ小僧で、しかもお調子者の小生などが逆立ちしても叶わないレベルにあったのでございます。(暫く話をしてやっとそれに気が付き、その時には抜き差しならない状況になっていた、とはお恥ずかしい話である…。)
とはいえ、これで引き下がってはBunnの名が廃る(?)と、小生果敢にも行く手に待ち受ける強敵(?)に向かってさらに突進していったのであります。
「秋元松代さんは脚本家で、小説などは一切書いておりませんが…どうしてご存知なのですか?(誰かと勘違いをされているのでは?)」疑念を抱きつつ尋ねる小生に「書籍として出版されていれば、小説でなくても読めるでしょう?」「昔は戯曲なども書店に行けば沢山並んでいましたよ。」とさらっと、ピシャリとおっしゃった…。
三島由紀夫や近松門左衛門、シェイクスピアやイプセン、モリエールを読んだことのある人は多くあれども、秋元松代(の戯曲)を読んだことのある人はそうはいまい。芝居を生業にしていてもなおその名前すら知らない者もあるというのに…。しかしこのご婦人方は秋元松代氏を(人違いや知ったかぶりではなく…)確かにご存知であったのです。ただただ恐縮する小生は、遠く窓の外、冬の夕暮れの池に遊ぶ鴨の群れに目をやるのでありました。
実はこのお二方、聞けば10数年前までは東京でとある会社を切り盛りされていたキャリアウーマンでいらしたそうで、現役を引退された現在はそれまでまるで縁のなかった田舎に土地を求め、家を建て、晴耕雨読を実践されていらっしゃるのであります。ご婦人の年齢を申し上げるのは些か抵抗がありますが、お二人とももうそろそろ80歳になられる頃でしょう。しかし気力は益々充実、元気ハツラツ。片道徒歩40分のスーパー通いも苦にしない。車やバイクはいうまでもなく、自転車だって買う気がない。やや希薄とも思えるご近所付き合いも承知のうえ。ただ唯一の不満と言えば、この町には図書館がないこと。大きな書店での心行くまでの立ち読みが出来ないこと。と胸を張っておっしゃるそのお姿には平身低頭する他にわが身を処す方法は見つからないのであります。
定年を迎え、自由な時間を手に入れられた方達にはよくありそうなライフスタイルとも思えますが、とは申せやはり年齢のことを考えるなら少しでも便の良いところで暮らす方が安心であり安全である、と小生などは考えるのですが、まあそれはそれ。この恐るべき元キャリアウーマンは、これまでに培ってきた山ほどの知識と経験をもって不便を楽しみ、都会生活で身に付いた垢を落としながら静かに暮らしていらっしゃいました。
豊富な知識と美しい日本語に触れ、思いがけない感激を味わった小生、帰途に着く車中で改めてこのお二人の言葉を思い起し、心に刻むのでありました。
「あと何年生きられるか分かりませんが、今まで私たちは少しでも本物に出会いたいと思って生きてきました。」「忙しいばかりで決して豊かな人生ではなかったけれど、本を通して(読んで)それこそ大勢の方達と出会い、導いてもらいました。」「人間、本を読まなくなったらお終いですよ。」「過去にいたかつてのヒーローやヒロインに出会い、当時に思いを馳せることが出来るのは読書しかないんですもの。」
この2人の老婦人方のこれまでの生き方に就いて詳しいことはいまだに知らない。(ご家族は?ご結婚の経験は?雨の日にはこれからも本を読み続けていくの?一体それはどんな本?)
しかし小生、改めてこの方達をとても格好いいと思います。素敵に生きていらっしゃる。どうぞいつまでも元気でいらして下さい。また本のはなし、沢山沢山聴かせて下さい。いつでも遊びに参ります。
そして、この次こそご自慢のお手製の生ハムを是非ご馳走して下さいませ。ネッ!
ではでは
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