ぶたい制作日記 2005年1月27日(木)

「近松心中物語伝説」あとがきのつづき

当カンパニーが製作する舞台「新・近松心中物語」についてつぶやき始め、年明けよりこのかた小生すっかり“近松ワールド”に入り込んでしまっております。

おかげさまで読者からも好意的なご意見を頂き、感激もひとしおなのですが、そうした皆さまからの期待を真に受けまして今回もまた前号に引き続きこの作品に関するお話を続けさせて頂きます。


写真提供/ポイント東京 撮影/石郷友仁


・巨匠たちの共演

今や“戦後演劇の最高傑作”というこの上もないほどの賛辞を頂戴しているこの舞台も、お客様や演劇界からこうした評価を受けるまでには、プロデューサーを始め当時のスタッフはどれほど深く悩み苦しみ、また多くの汗を流したことでしょう。想像するだにこちらの胸も苦しくなってくるような気が致します。しかし果たして彼等の中で一体誰がこれが千回以上も続く伝説の作品になると想像できたことでしょう。

ちなみにこの舞台の主要スタッフとは、プロデューサーの中根や演出の蜷川幸雄をはじめ装置=朝倉摂、照明=吉井澄雄、効果=本間明、振付=花柳錦之輔という面々を指すのですが、これらの方々、芝居好きな方はきっとご存知のことと思いますが、どの方をとっても今や演劇界では“巨匠”と言われ、それぞれの分野では我が国を代表する第一人者なのであります。

今や齢60を超えたプロデューサーの中根が当時39歳だったのですから、今は巨匠となったそれぞれもその当時は若くていらして…。初演当時のプログラムに掲載されている写真などを見ますと、「えっつ、これがあの方?」などと思わず口に出してしまうこともあるほどなのです。(時間というのは生きとし生けるもの、万人に共通に流れているのもなのですねェ)

それはさておき、脚本の良さに加えてこれほどのスタッフを揃えているのですから、今思えば秀作に出来上がるのは当然といえば当然なのですが、しかし言い方を換えればこれほどの顔触れがよくもまあ揃ったものだと、演劇界に身を置く小生としてはこれだけで一種の感動を覚えてしまうのであります。自らが生きる時代背景や環境。そして縁(運命と言ってもいいかもしれません)。個人ではどうすることも出来ないものが目に見えない巨大な力によって結びつけられていき、個々の力がぶつかり合い、やがて新しい生命を誕生させる。小生、この作品の古いプログラムを開ける度にこの作品が“生まれるべくして生まれた作品”“天才達の出会いの奇跡”という感慨を覚えるのです。

今こうしている間にも今はまだ名前もついていない小さな星ぼしが、広い宇宙の中で偶然の装いを呈した必然性によって巡り合い、永遠に続く名作といわれる新しい生命を生み出すために衝突し合っているのでしょうか。名もない星が巨星になって輝き、演劇界を照らす日を目指して…。永遠の生命を持つ名作の誕生に立ち会えたらきっと素敵なことでしょうね。

・地方公演の楽しみ

地方公演とか旅公演などという言葉を耳にすると、皆さまの中にはきっと楽しそうなのんびりした光景を思い浮かべられる方もいらっしゃるのではないでしょうか?ところが現実は大違い。日替わりで宿泊先が変るような連続ツアーは勿論のこと、1ヶ月・2ヶ月という一箇所の劇場での長期公演であっても、決して楽なものではありません。ではそんな旅の最中、役者やスタッフは一体何を支えに日々の舞台を務めていられるのでしょう。

それは、日々のお客様の拍手であり反応なのです。こうして書くと「ずいぶんきれい事を言っちゃて!」などというお言葉が聞こえてきそうではありますが、これ、本当のことなんですよ。たとえ同じ劇場で毎日上演されていたとしても、それが例えば80公演だとしたら、一回の舞台は80分の一の舞台ではなく、その時だけの確かな一回であるのです。客席を埋めるお客様にとってそれがその作品を観る唯一の機会(中には同じ舞台を何度もご覧になる方もいらっしゃいますが)であるように、出演者やスタッフにとってもそれはその時だけのものなのです。打ち上げ花火はその一瞬しか生きていないのと同じように。

では次の楽しみを挙げるとすれば、それは何と言っても当地で味わう当地ならではのご馳走でしょう。酷使する肉体と精神によって消耗するエネルギーの物理的補給は、やはり美味なるもの。これを食すほかに方法はありません。存外役者やスタッフには食通が多いもの。これはこうしたことに起因しているのです。

現在上演している博多では、玄界灘で獲れたふぐがメニューの一番人気とのこと。

てっちり鍋の湯気の向こうに、ほんのひととき仕事を忘れた役者の満足気な顔がきっと今夜もまた見られることでしょう。


またまたつづく


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