ぶたい制作日記 2005年1月13日(木)

「近松心中物語」伝説

さて今回は前回のつぶやきでお約束した通り、舞台「近松心中物語」についてお話をさせて頂きます。

作品紹介の方法をどうすべきか、ここ1週間悩みに悩んだ小生ではありますが、熟考の末に出した結論、それは現在上演中の博多座公演のプログラムに掲載されているプロデューサーの言葉を紹介しながらこの作品を語っていくというものであります。

では早速始めましょう。


まずは本編に入る前に少しだけ予習を…

〜作品概要〜

「近松心中物語」は、近松門左衛門の浄瑠璃『冥途の飛脚(めいどのひきゃく)』と『ひぢりめん卯月紅葉(ひぢりめんうづきのもみじ)』を基にして秋元松代(※注釈)によって創作された。

飛脚宿の養子忠兵衛と、遊女梅川。古道具屋の婿養子 与兵衛と女房のお亀。この2組の男女が運命の糸に操られ、お互いを愛するが故に破局が訪れ、やがては心中にまで行き着くという切なくも純粋な悲恋を描いたラブストーリーである。

現在上演されている作品には「新」が付けられているが、これは“型”になった芝居をよりリアルにしようという演出家の意図により、若い配役を揃え、またそれまでは全編を通して流れていた猪俣公章の作曲により森進一が歌っていた音楽(曲)を、宇崎龍童/作曲、森山良子/歌(作詞はともに秋元松代)に変更したことによるものであり、脚本は初演当時より一字一句変っていない。


ここで突然ですが、特別寄稿!プロデューサー/中根公夫氏より、『近松心中物語伝説』 コラムをいただきました。
早速コラムへ ⇒ 『近松心中物語伝説』 (前編) プロデューサー/中根公夫



さて博多座公演初日、幕が下りた途端会場を埋め尽くした観客が全員総立となり、劇場は歓声と拍手で揺れるほどだったそうです。プロデューサーをして、「あんな初日は久しぶりの経験だった。」と言わしめるほど。小生、そんな現場に立ち会うことが叶わなかったことが残念でならないのであります。

九州公演もあと2週間、次の週末にでも行ってみようかしらん…

つづく


※秋元松代/劇作家

1911年横浜生まれ。三好十郎主宰に戯曲研究会に入り、「劇作」誌上に処女作『軽塵』を発表(1974年)したのをきっかけに『芦の花』、『礼服』などを著し、一躍脚光を浴びる。また舞台脚本を手掛ける傍らラジオドラマ『蝶の夢』(1951年)なども執筆し、この分野での先駆者的役割も果たす。

九十歳で没するまで、生涯に残した作品は決して多くは無いが、「売れるものではなく、書きたいものを書く」という信念に基づいた作品はどれもが骨太で、完成度も極めて高い。

当代の流行作家の作品の寿命が10年とするならば、秋元松代の作品は永遠に生き続ける不朽の名作ばかりである。

主な作品としては『村岡伊平治伝』(1961年芸術祭奨励賞)、『常陸坊海尊』(1964田村俊子賞)、『かさぶた式部考』(1968年毎日芸術賞)、『アディオス号の歌』(1975年紀伊國屋演劇賞)、『七人みさき』(1975年読売文学賞)、『近松心中物語』(菊田一夫演劇賞)、『元禄港歌』、『南北物語』など。

2002年には『秋元松代全集』(全五巻・筑摩書房刊)が発刊された。

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