
二十歳の原点 新潮文庫
著者:高野悦子
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ある日、本棚を片付けていたら、一冊の古びた本がスポリと手の中に入ってきた。「懐かしい」と思い、ペラペラとページを捲ると一行の文章が目に飛び込んできた。
「独りであること」、「未熟であること」、これが私の二十歳の原点である。
当時の記憶が、ビデオテープを早送り再生するかのように、瞬間鮮やかに蘇った。
全共闘、東大闘争、機動隊、放水、火炎瓶、シュプレヒコール、挫折・・・
「二十歳の原点」
著者は高野悦子。立命館大学文学部3回生。昭和44年6月24日午前2時36分ごろ、京都市中京区で国鉄山陰線貨物列車に飛び込み自殺。
昭和24年生まれの著者と同じ世代のため、彼女の自殺は強烈な打撃であった。
先を越されたとも思った。憑かれたように本を読み続けた。
『特に父母には年代のズレを感じる。父母は若い私達を認めようとしない。「若いからそうだが、やがて年をとれば年配者の言うことが正しいことがわかる」とこんな調子である』 ・・・原文より引用
この件を読んで、力が抜けた。
親に歯向かう若き自分と、したり顔で諭す老いた親の自分。
二人の自分がそこにいた。
20歳の高野悦子氏が綴る文章は、割れた窓ガラスの破片のごとく、一行一行が尖っている。そこまで純粋に考え込まずとも良いのに・・・若いときは自己に潜む「矛盾」を許さない、認めない。
「自分探し」なる言葉が昨今の流行りだ。
思うに、世界中探したって自分など見つかりっこない。
幸せの青い鳥も、希望も、勇気も、親に歯向かう己も、諭す親も、すべて自己の中にいる。悪魔そして神すら自分の中で息を潜めている。
若いときは、複雑怪奇な己と向き合う術を知らない。たった一つの純な自己にすがる。人は多重人格。普段はそれに気付かず生活をしているだけ。自分自身が知らない「自分」は掃いて捨てるほど、自己内に棲息している。
分かったようなことを言っているが、著者同様に未だ答を見つけていない謎がある。それは「なぜ人は生きるのか」だ。
恥ずかしながら、年老いた今でも
「未熟であること」これが私の原点である。
了
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