VOL.2 〜〜格好良さ〜
立春を過ぎ、冷たい風の中に混じる春の匂いが少しずつ感じられるようになってまいりました。第一回目の便りを掲載して以来無沙汰をしてしまいましたが、皆さまはお元気でしょうか。
では早速、爺の与太話でも始めると致しましょうか。昨今のTV番組の馬鹿馬鹿しさにはほとほと呆れるばかりです。殊にこの年末年始の特別番組というものはその極みでありました。国民的番組などと云われている紅白歌合戦など〈お好きな方には申し訳ありませんが〉ここ30年以上も観る気もしませんし、ましてやこれでもかと撮り溜め〈録画〉した“緊張感が欠如した形ばかりの正月番組”など、〈いっそのこと辞めてしまえ〉などと一人憤慨していたようなわけでありましたが、そんな中、珍しく満足し得る番組がありました。
一月一日の19:00からNHK教育テレビで放送された『知るを楽しむ・私のこだわり人物伝スペシャル』であります。ご覧になった方はいらっしゃいますか?〈視聴率など度外視した地味なものでしたから、そう多くはいらっしゃらないでしょう〉
どんな内容だったかと申せばこの番組は二部構成になっており、その一は映画監督の山本晋也氏が噺家・古今亭志ん生を、作家である山本一力氏が自らの師と仰ぐ小説家・池波正太郎を取り上げ、それぞれの魅力について語るというものでございました。古今亭志ん生の『風呂敷』『火焔太鼓』『黄金餅』、池波正太郎の『鬼平犯科帳』『剣客商売』『必殺仕掛人・藤枝梅庵』等をこよなく愛するわたくしにとっては〈これは観ずにはおられまい〉というものであり、また予想以上に見応えのあるものでございました。
志ん生・池波のお二方を今更くどくどと申し上げるようなことは致しませんが、このお二人を端的に表現するとすれば『粋に生きた江戸っ子』と云うことになりましょうか。この稀代の名人達がいかに格好の良い江戸っ子だったか、彼等に心底心酔しているわたくしなどは番組を観ながら随分肩に力が入ったものでございます。
そんな中、司会を務める女性アナウンサーが「格好良い大人である条件として、志ん生・池波が共通して持っていた信条は何だったと思いますか」という質問をしたところ、山本一力氏はこう述べておられました。「彼等が生きていく上で身に付けていた共通したモットーは『やせ我慢』だったのではないでしょうか」と。
そして「年末から全国で大騒ぎになっている耐震強度偽造問題にしても、やせ我慢を自然にやって退けていた昔の職人の仕事を思えば到底考えられないことです。人さまが住む家を建てる以上、それを任された職人達はたとえ法律を知らなくたって安全基準を大幅に上回った建物を作ることは当然であっただろうし、昔は誰でも〈改まって言葉にしなくても〉自然に出来ていた筈です。
『てやんでぇ、こちとら他人からとやかく言われる前からそんなことはやってるってんだ。当たりめぇだろ、べらぼうめ』ってね」「格好良い大人とは、やせ我慢をすることによって自らを律し毅然と生きている人だと思います」と。いやはや、まさにその通りだと大きく頷きながら聴いておりました。
さらに、池波正太郎の『男の財布』という作品のテーマ【男というものは、いざという時にお金を惜しんじゃいけない。見得を張ってでも自腹を切って相手をもてなすものである】に関連付けながら、池波が愛用した万年筆を形見の品として夫人から贈られた時のことをこう語られました。
「ペン皿に置かれた何本もの万年筆の中から、夫人は何の躊躇いも無く一番高価なものをスッと取り上げて私に下さいました」「どうせ他人(ひと)にあげるのなら一番良い物を差し上げよう、というそのこと〈気持ち〉を目の当たりにした時、私は言葉が無いほどに感動しました」と。
衒いも、また出し惜しみもしない優しさと心遣い、そしていざという時にそれを実践出来る心の内に秘めた覚悟。性別や年齢や貧富の区別無く総ての日本人が失いつつあるモラル、これこそつい最近まで日本人の誰もが身に付けていた“やせ我慢”言い換えれば“行儀の良さ”なのではないかとわたくしも妙に納得をしたものです。“武士は食はねど高楊枝”久しく聞かない言葉ではありますが、こんなわきまえを持った人間を育てることこそ今最も大切なのではないでしょうか。
こうしてテレビに熱中し頷くことしばし…。わたくしにしては珍しいことではありますが、〈こうした番組が一つでもある以上〉もう暫くはテレビを捨てられないようです。ちなみにこの一部の最後に山本晋也・山本一力両氏が今年一年の心構えを書初めするというコーナーがありまして、山本晋也氏は『良い加減に』と。一方、山本一力氏は『決める』と書かれました。果たしてわたくしが書くとすればいかが相成りますか。ひとまず『継続』とでも書きましょうか。そう、この連載を頑張って続けるという意味を込めまして…。
ところで皆さまは山本一力という近頃売れっ子の小説家をご存知でしょうか。池波正太郎という粋に生き、粋を描き続けた偉大なる作家が亡くなって以来、わたくしなどは「人情とユーモアに溢れたあの歯切れの良い江戸小説をもう読むことが出来ないのだろうか」と嘆いておりましたが、一力氏は師を凌ぐほどの綿密なる人物表現によって、江戸に生きた粋な人々を描いています。
メジャーデビューのきっかけとなった『蒼竜』、そして直木賞を受賞した『あかね空』は衝撃的でありました。以後彼の著書は全て読ませて頂いておりますが、近頃では『だいこん』などは出色の作品でございました。皆さまも気が向かれたらお読みになるとよいでしょう。
さらに余談ですがこの一力氏、実は出身は土佐の高知。江戸っ子ではありません。東京に出てこられてから暫くはご苦労をされ、その後事業を起こすもまた多大な借金を背負う羽目となり、その借金を返済すべく奥方を説き伏せ「小説家になる」ことを決心されたという経歴をお持ちです。現在は江東区の門前仲町というかつて〈といっても江戸時代ですが〉は繁華な門前町だった下町に住まわれ、まさに(本物の)江戸っ子に成りきって生きておられます。〈何も粋は江戸っ子だけの特権でもありますまいに…〉
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