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楽しき郷愁、映画「Always 三丁目の夕日」

By ユウヤケ・シモヤケ さん
三丁目の夕日















三丁目の夕日
昭和33年。1958年。
年末も押迫った12月23日に東京タワーが完成した年です。
何をしていましたか?

当時の男の子なら誰しも一度は作ったことのある竹ひごと紙のプロペラ機が、工事中の東京タワーが間近に見える「夕日町三丁目」の空を旋回するところからストーリーは始まります。

いたずら坊主が放った飛行機は電車道を越え、とある路地へと向かっていきます。そこは舗装もされていない狭い地道。人々の往来で土煙がたち、割烹着を着たオバさんが道路に水を撒いています。道端では床机に腰掛けた隠居さんがステテコ姿でうちわを手に新聞を読んでいます。水を張ったブリキのたらいにはトマト・西瓜・ラムネが冷やされています。

ピカピカに磨かれた自転車がチリンチリンとベルを鳴らしながら雑踏を縫うように行き交い、氷屋のオッサンが大きなリヤカーを引いています。土管を積んだ広場では子供たちがかくれんぼ・缶けり・野球・ゴムマリ・フラフープなどで時が経つのを忘れて遊んでいます。女の子は一様におかっぱ頭。男の子は坊主頭もしくは坊ちゃん刈りに、白くはないランニングシャツと紺の半ズボン姿。

上野駅では集団就職に来た学生でごった返しています。「金の卵」と持て囃された中卒の子達は、親元・故郷を離れた不安と、憧れの都会に来た喜び・希望に満ちた複雑な表情を見せています。

映画が始まると同時に当時の自分に戻っていました。
厳しい父親、口うるさいが優しかった母親。
裸電球一つの下で寄り添うように暮らしていましたが、家庭は暗くはなく、会話と笑いに包まれていたと思います。

テレビが来た日は大騒ぎ。皆テレビの前に正座して、父親がカバーをおもむろに捲って、スイッチを回した。「プチ〜ン」と真空管に電気が通じる音を妙に覚えています。プロレスの力道山には家族揃って燃えたものです。金髪の西洋人を空手チョップで倒した時など狂喜の極みでした。

この映画の楽しさはほのぼのした人情味溢れるストーリーに加えて「昭和の再現」です。当時の町並みや家庭用品などの小物を忠実に見せてくれます。懐かしさに涙が出てくるほどです。時間が許せばもう一度観たいと思わせた映画です。

タイトルにも使われている通り、「夕日」がテーマの一つと思います。忙しかった一日が終わり夕闇に包まれる頃、子供たちは遊びを止め、父親は家路を急ぎ、母親は夕餉の支度に取り掛かる。路地には魚を焼く匂いと煙。

映画のパンフレットに「携帯もパソコンもTVもなかったのに、どうしてあんなに楽しかったのだろう」と書かれています。確かに当時は楽しかった。

それは、今日より明日は良い日が来るだろうと、希望と夢が持てたからではないでしょうか?




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