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振り返れば楽しきかな我が人生 人生イメージ


結婚恋愛「マイとボク」 -9-
By 千里一歩さん

市川橋
昭和44年の春。総武線市川橋。
すっかり火傷がわからなくなった時。
義母はボクを励ましてくれた。「元気を出しな。人生はいろんなことがあるずら。今度は地道に」と酒をついでくれた。ボクは涙が出そうだった。しばらくするとマイの父がボクに再び説教した。

「今度は事業をしないで大人しく工場で働くように約束してくれ」という。「はい。わかりました」と何度も誓った。約1か月、居候してマイの親から約3か月分の生活費をもらい、甲府駅まで送ってもらい新宿へ向かった。東京では錦糸町で流しをしている友達に会い事情を話してどこに工場が多いか教えてもらった。当時、流しはサラリーマンの一か月分を一晩で稼いでいた。藤圭子も「私の青春暗かったぁ〜」と錦糸町の飲み屋街でキャンペーンしていたという。カラオケのない時代だ。

やがてボク達は千葉県市川市のアパートに住む。ところが間もなく義母まつは他界した。昭和43年7月4日。享年58歳であった。 大きな工場で求人募集をしていた。Nダイカストという会社だ。夫婦で就職した。ボクは鋼線をぐるぐる巻いたタイヤ大のものを押して運搬車に乗せる作業である。マイがどんな職場についたか、知らなかった。ところが思いがけないことが起こった。1週間後、マイが作業中、事故を起こした。それは火力と冷却で鈴と鉛を混ぜた液状を機器部品に固形化する作業で、機械の前に腰掛け、手でハンドルを前後に押し、足でベタルを踏みプレスするというものだ。マイは簡単な説明で作業するうちタイミングを間違い、顔に鉛を浴びたのである。

事務所から「奥さんが事故を起こした。病院へ運ぶ」と知らせを受け、ボクも一緒に救急車に乗り、大きな病院へ行き、1週間入院した。4日目から週に1回、通院することになる。何ということだ。マイの話では「鉛が目に飛び込んでくるのをはっきりと見た」という。透明人間のように首から頭まで包帯でぐるぐる巻きされていた。最大の心配は失明だった。皮膚の治療は何とかなるだろうが失明したら何といって山梨へ知らせればよいか。新人に安全装置のない熟練工の仕事をさせたことで事務所の人々はボクが怒るのではないかと顔色をうかがった。ボクは怒りどころではない。この時は身震いして「とにかく助けてください。治りさえすれば会社に対して何も文句はいいません」と祈るように頼んだ。「会社に文句をいわない」という言葉が事務所の責任者を安心させたようだ。ボクは大切なものを失う恐ろしさを実感した。幸いにも会社や病院の努力もあって包帯の口許と片目に、隙間ができた。失明は1秒差で免れたのだ。

マイは「まつ毛が焼ける匂いがした」といい、わずかな口許から、お粥やスープを入れると「おいしい」という。体は元気だ。鉛が焦げ付いたまぶたは約1か月で開くようになり、包帯も次第に外された。会社は労働基準監督所へ訴えられることを警戒したが、マイが治れば、それで充分だった。こんな仕事をさせたボクが悪い。ボクが働きに出てアパートに一人静養することになったマイは、部屋の中を手探りで歩き、軽い食事の仕度をするようになった。昼休みに帰って「危ないからやめろ」というのだが、じっとしていられない。まつげの上下に火傷を残して半年後、その工場を辞めた。化粧でごまかせるところまで治ったからだ。

マイは、アパートの前にあるF電子工業に勤め、部品の流れ作業に就いた。今度は安全らしい。視力も回復していた。「山梨には内緒にしてくれよ」とボクは頼んだ。「いいよ」という答えが返ってきた。ボクの立場はわかっている。マイは新しい職場で友達ができた。その女友達が結婚に悩んでいた。「好きな彼には妻子がいて、いつか離婚して私と結婚するという。しかし最近、親が魚屋の息子との結婚をすすめている。魚屋は私を気にいっている。どうしたらいいか、わからない」不倫相手は職場の上司であった。

マイはいう。「そういう話は、主人が上手な結論を出すよ」といいボクに紹介した。マイが、ボクを、そのように見てくれることに驚いたが、喜んで彼女の相談を受けた。彼女は上司に未練がある。魚屋は嫌いだった。ボクは客観的な分析と結論を、わかりやすく答えた。彼女はボクのいう通り魚屋と結婚した。その後子供も生まれて幸せになったという便りがあったから、マイもうれしそうだった。自分のことはわからないが、他人のことは、よくわかる。
 
ボク達は次第に自信を取り戻した。工場勤めの約束は一応果たした。「一生このままというのは、どうだろう」と相談し、マイは市川駅近くのO書店に勤めることになった。そこでは万引きを3人捕まえるなど店主にも信頼された。ボクは市内にあるN印刷会社の営業マンになった。

この頃からマイは猫を飼うようになった。はじめは、マイの気晴らしになればと軽い気持ちでOKしたが、その猫は襖をボロボロにした。まるでお化け屋敷のような部屋に一変したので、マイがいない時、猫を蹴っ飛ばした。これ以来、猫は恐怖におびえ、部屋の片隅にうずくまるようになった。この異変をすぐ気付いたマイは「何かしたでしょ!ねえ、どうしたの」とボクに詰め寄る。仕方なく「この襖をみたら腹が立って蹴っ飛ばした」と白状した。マイははじめてボクに怒った。「今度、猫をいじめたら猫を連れて出ていくからね」という。それは怖ろしい剣幕だった。「わかった。ごめん」と謝るしかない。ボクも猫に愛想良くするようにつとめた。

しかし約3年後、その猫は死んだ。マイが泣きながら猫をシーツに包んだ。ボクはスコップを買ってきて、近くにある荒川の土手の土を掘った。二人で夜、その穴に猫を埋葬した。隅田川で大きな花火が何度も美しく打ちあがっている夏の夜であった。「すごい葬式だよ」ボクとマイは、埋葬した場所を少し離れたところで、その花火が終わるまで眺めていた。
(つづく)


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