| 結婚恋愛「マイとボク」 -7- |
By 千里一歩さん
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奈良の猿沢の池でマイと鹿。(昭和41年) |
給料は上がったものの、会社の様子がおかしい。駒込に支店を出したけれど経営状態は火の車であった。もういくらボクが府中へいっても次第に敬遠され「次男に財産をゆずる」と言い出した。
社長は「法的にも半分は自分のものだ」といっているが、ボクの名義は乱用されている。ついにマイの実家から贈られた結婚祝いの箪笥も差し押さえられた。冗談ではない。社長に裏切られたのだ。守ってくれなかった。会社を辞めた時マイは社長の前で黙って煙草をふかした。貯めていた50万円をマイの胸のパットに入れ、二人は新婚旅行気分で昭和39年10月、開通したばかりの新幹線ひかり号に乗った。運賃は一人千円くらいだった。京都市内を見物したあと安アパートをさがした。
京都府八幡市駅近くに住んだ。家財道具はない。みかん箱一つ置いて、マイの小さな鏡を置いた。鏡台代わりだ。その横にカレンダーを貼った。その時、マイがポーズして撮った写真は寂しさがあった。
仕事を探す必要があった。当時は結構求人が多い。ボクは京都市内で小規模のJ新聞社に勤めることになった。面接の時「給料の希望金額は」と聞かれて「実績次第で、いくらでも結構です」と答え、一発で採用になった。営業兼編集である。広告を多くとれば基本給プラス30%と提案し諒解された。営業専門でも自分の給料の二倍とれる人材はいなかったから、その時、社長は大いに喜んだ。保証人も要らなかった。
マイも働くことになった。できるだけ、ちゃんとしたところを選んだ。二人とも東京の商事会社でこりている。一流ホテルのウエイトレスに就職できた。この時、マイは調理人に見込まれ本格的なカレーの作り方を教わっている。どこか、のんびりした京都の人たちにとって東京弁でテキパキ働くボクやマイは、たちまち信頼され、「さすが東京の人や」と好かれたことが勇気になった。
忘れられないのは、はじめてマイが勤めはじめた頃、炊事場を手伝って手に怪我をした。あわてたホテル側は、もう調理場まで入らなくていいからという。マイは手に包帯をしたまま勤め、ウエイトレスだけすればよかった。人手不足の時である。包帯をしたウエイトレスはイメージダウンになるが、責任を感じていたホテルは「本人さえよければ」と、気を使ってくれたようだ。二人は同じ時間に京阪電車にのり、ボクは京都の市内バスに乗るマイを見送った。その時、バスの中から包帯した手でボクに手を振るマイの姿が胸がつぶれるほど痛々しかった。
知らない土地で二人きりの生活は、結構楽しかった。半年ほどすぎた頃である。私の書いた原稿をひどく気にいってくれた不動産会社の社長が、何度も一頁全面広告を出してくれるようになり、効果もあったらしくボクの歩合金額だけで、社長の給料を軽く越えるようになった。当然、社内の編集長より高額である。15人ほどいた社員の中で、光る存在になった。
最初に決めた30%という歩合が会社の負担にさえなってきた。まさかという結果になっていたのだ。7万円平均の給料の中で、ボクだけは30万円〜50万円を得るようになったのである。しかも記事も書く営業マンはボクだけであった。何が幸いするかわからない。東京での営業経験が大いに生きたのである。なにより新幹線開通で、東京からの観光客が増え、東京感覚の営業が新鮮にうつったのかも知れない。
残念ながら、この時のJ新聞社は、いまはない。年配の人柄の良い社長であった。関東より関西人は純朴であった。
マイと奈良のドリームランドへ行ったのも、この頃だ。そこで動物好きなマイが鹿に餌を与えた写真は、マイもボクも大いに気に入ったものになった。ボクは仕事柄、写真撮影には少しばかり自信があった。
すこし預金ができ、ボクは念願の新聞社をつくった。スポンサーもついた。J新聞社には申し訳なかったが、社内でボクに不満を抱く先輩がいて、意地悪されたことも独立の動機でもあった。場所も中心街の小さなビル2階である。八幡市ではマイが店舗つき住宅の一階で喫茶店を開いた。飲食業の許可をとりカレーライスを出し夜はビールも出したから、この時から売り上げをあげるため客の話し相手になりマイはアルコールに強くなった。
京都は大阪から来る人も多い。国鉄や私鉄は普通でも1時間だ。そこで長崎生まれ、山梨生まれのボクとマイは、言葉のアクセントや方言の違いに、めずらしさを覚えた。まず他人と話す場合は、みんな標準語にちかい。しかし少し親しくなると、とくに姉妹や友達になると、方便が出る。まず、長崎の場合は「あなた」や「お前」を「おうち」という。性交は「ぼぼ」。やたらにドラマで使われる「ばってん」は「〜だけど」という意味である。山梨の場合は「あなた」や「おまえ」のことを「おまん」という。語尾でよく使うのは「〜じゃんけ」「〜ずら」で性語は「べべ」だ。
フランス女優のブリジッド・バルドーの通称はBBつまり「べべ」だといったらマイは腹から笑った。「おまん」については「おまんこ」が全国共通の言葉だから、いまでも、誰にも使わない。京都の場合は、アクセントがメロディーである。語尾に「〜え」とつく。大阪の語尾は「〜わ」が多い。
隣接する大阪府の枚方市、寝屋川市は河内弁が多く気性の荒さがある。それでも、一番きついのは東京弁だということがわかってきた。九州や山梨、関西は断定的な言葉使いをしない。東京だけが駄目なものは「駄目!」というし、馬鹿なことをいう相手には「馬鹿」という。だが大阪は「あかんわ」京都では「あかんえ」九州ではよほど親しければ「馬鹿たれ」異性には「ばってんか」と疑問をつける。
(つづく)
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