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振り返れば楽しきかな我が人生 人生イメージ


結婚恋愛「マイとボク」 -5-
By 千里一歩さん

奈良
     マイが奈良へ修学旅行の時(昭和26年)
ボクには兄弟姉妹がいない。だからマイが大家族の中で、どのように育ったのか正直なところわからない。一緒に暮らすようになって、育ち方の違いが少しずつわかってきたが。それは興味深いものであった。少なくとも僕の生い立ちよりはよい。たとえば被爆体験はない。しかしお互いに打算がなく信頼が深ければ育ち方の違いなど問題ではない。外国人との結婚が意外にうまくいくのも、わかるような気がする。

マイは義母に恵まれ、兄弟姉妹とも仲はよく、伸び伸び育ったことは、前にも述べた。それでも実母に育てられなかった悲しみや、つらいこともあったようだ。一見気が強くなったのも(じつは弱い)そうした葛藤が無意識に芽生えたようだ。その中で最も、お茶目であったことの片鱗を前文に書いたので、もう少しつけ加えておきたい。

マイは中学生の時「お母ちゃん(義母)に褒められたくて」よく畑仕事を手伝っていた。ある日、田植えをしていると泥水の田んぼを、にょろにょろ這いまわる蛇がいた。その蛇の長さは約80センチ。「わっ」と思ったが足許に近着いたその蛇の尻尾をつかみ、ふりまわして石垣に叩きつけたというからすごい。そのすばやさは、いまでも見ることがある。部屋にゴキブリがいると追い回して必ずチリ紙でつかみとり焼き殺す。その反面、猫好きで少女時代からミーという猫を飼っていた。

当時のマイは、厳しい父のしつけを、うまくかわして、自分なりの世界をつくりつつあった。その点、姉妹のなかでは最も積極的であったかもしれない。実家の近くに寺がある。寺の住職は毎週一回、夜になると村の子供を集めて列をつくり、提灯を下げて「火の用心」と唱和して、村中を歩きまわっていた。マイは、その行列に加わっていた。男子もいる。寺に帰れば解散だが、仲間同士で、おしゃべりだけでなく、歌も歌った。とくにマイは歌が上手で美空ひばりの「越後獅子」は青年団でも、話題になった。

ボクものど自慢だが、マイの「越後獅子」は、たしかに胸にしみる。ちなみに「その寺で、よく遊んだ」という話はボクの脳裡に滲みついていたから、後年、寺の裏に墓地を買いもとめたものである。ボクはマイの故郷の土に眠るつもりである。甲府盆地を見下ろす丘陵で、景色はよい。はからずも、ボクの影のスポンサーになってすぐ怪死したTKさんの死亡現場のある天女山も、はるか北アルプスの手前に見える。これはミステリーな事件だと思っているが事実は不明である。いずれにしてもマイの故郷、そこへ墓地。ミステリアスな天女山。山梨はボクと関係が深くなってゆく。

マイの少女時代は、実母の死、義母、兄嫁の死、その後妻などで、悲喜こもごもであったが、その中で、逞しく生きていたことがわかる。とくにマイの兄はマイをよく可愛いがった。実母の顔も知らないマイと、マイの姉を連れて、こっそり甲府の町へ食事に連れていったことがある。
みるからに強そうな顔をしていたが、根はやさしい兄であった。

なかなかのやり手でマイと結婚した当初はボクをまったく信用していなかったが、後年、鉄工所を経営し、ボクとマイだけが知る内緒話(相談事)をしてくれるほど、マイの兄はボクをすっかり信用してくれるようになったことは、うれしかった。非常に面白い話だが、義兄の名誉のために、たとえ義兄の娘たちにも教えることはできない。
(つづく)



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