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振り返れば楽しきかな我が人生 人生イメージ


結婚恋愛「マイとボク」 ・・・新婚-42-
By 千里一歩さん

昭和38年1月の皇居前
写真は昭和38年1月の皇居前である。新婚最初の年。まだお互いに落ち着かない。自分達二人だけで強引に暮らしはじめ何となく不安がある。しかし若さは強い。将来のことなど、どうなるかわからい。だから「お互いに好きなことをして大いに楽しもう」といえばト「そうだよ」とマイも答える。われわれは、当時から結構ススンデいたのである。いや遅れていたのかもしれない。

この年の国家予算が一般会計で2兆8千500万。ボクの月給は1万5000円。日清の即席ラーメンが1袋30円だった。(この価格は10年以上続いたと思う)ボク達は好きに生きようとうなずきあったが、それは社会人として恥ずかしくない人生を歩くことが前提である。ボクはともかくマイは両親だけでなく兄や妹達もいる。

「人間としての誇りだけは捨てたくない。この考えで一生をすごしたい。そのためには現実的な苦労もあると思うが二人で乗り切ろう」と誓い合ったのが、この皇居前であった。こういうあらたまった言葉は照れくさい。時と場所が重要である。軽く流されない状況設定が必要だ。心の問題を形にしたつもりである。しかし理屈っぽい話だ。その時、後ろにいた家族連れの中年男性が「お持ちのカメラでお二人の写真を撮りましょうか」と声をかけてくれた。ボクの撮る写真の画面にボクが入ることはめったにない。

「うれしいな。お願いします」と撮影をお願いした。そして自ら構図をつくり3,4枚も撮ってもらった。マイは「ちょっと図々しいかも」とハラハラしたが押し切った。めったにない機会だと思った。馬鹿な私は、その人達の写真を撮ってやろうとする気配りを持っていなかった。自分達の撮影がすむと、さっと立ち去ったのである。

おかげで、この写真は約40年間、大事にアルバムにおさまっている。声をかけてくれた人が、ボク達の話を聞いていたかどうかは、わからない。けれどもその時は本当にうれしかった。後年になっても若いカップルをみると、つい「シャッターを押しましょうか」と声をかけたくなるようになった。

あの時「そちらも撮りましょうか」といわなかった悔いがある。ところが、はっと気付いたことがある。「シャッターを切ってあげましょうか」というには結構勇気の要ることがわかったのである。時代が変わってきた。ボク達の20代は、まれに学生運動で暴れたりする奴もいたが、若者が起こす大きな事件はなかった。

若者達の様相が変わってきた。怖そうなカップルは当然避けるようにしている。また、声をかけても「変なオジサン」と見られないか用心する自分に意気地のなさも覚える。 

平成18年2月。神田の古本屋で古本を探していると20すぎの若者に声をかけられた。なぜか、どきんとした。「その案内地図どこでもらえますか」という。目の前の古本屋だと教える。彼は黙って去って行った。教えた古本屋に入った様子はなかった。彼の耳にイヤリングがあり、甘い香水の匂いが残った。翌日になって、そのことを思い出し、森の中で化け物に出会ったような後味がした。

(つづく)


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