| 結婚恋愛「マイとボク」 ・・・化身-40- |
By 千里一歩さん
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ボクには妹がいた。名前は隆子。終戦の月。昭和20年8月27日の朝、赤痢で死んだ。2歳だった。ボクは隆子のことをずっと忘れないでいた。隆子は小柄で筋肉質である。マイと、そっくりだった。
平成4年の春。マイの兄のすすめで墓を購入した。父の遺骨だけでなく、隆子の骨も入れたい。ボクは30年以上もご無沙汰した長崎の叔父を探し、隆子の遺骨がどうなっているかを聞いた。父の弟は「あるよ」という。
一人で羽田から飛行機に乗った。長崎空港に降り長崎市浜口町の友人宅へ寄る。叔父の家に行き、翌日、一緒に寺町の見覚えのある寺へ行った。そこには、きちんと仏壇が並ぶ納骨堂がある。
隆子の骨壷を取り出してもらった。子供のころ見た位牌もある。おおと、心で叫んだ。40年ぶりに見る位牌が、被爆して逃げ回った被爆時を思い出させた。この時からボクの感情に火がついていた。遺骨の箱を紫の風呂敷に包み、前に抱えて3日目に長崎をあとにした。飛行機に乗っている間、骨壷の中の骨が時々揺れて軽い音を立てた。
羽田に着いた時だ。骨箱は持ったまま出られない。貨物扱いでベルトに載せられチェックされた。死者を冒涜されたようで情けない。空港ではマイが迎えに来ていた。その顔を見て気がゆるんだのかも知れない。こらえていた40年間の思いが、どうしようもなく噴出した。マイとタクシーに乗った時、なぜか急に悲しくなり「ぐわっ」と泣き出した。マイは驚いてボクを凝視した。結婚して、はじめてみせる醜態であった。
自宅に帰り着いた。その直後である。ベランダでバタバタ音がするので、マイがサッシを開けた。物干しの下を見ると、汚れた白い文鳥が糸のようなものにからまれ暴れていた。どこかで飼われて逃げ出したのか。マイが部屋の中へ入れると、天井から床上まで飛び回る。ペットの好きなマイは「隆子ちゃんだよ」といいながら、この文鳥を手に包みこんだ。近くのペットショップで鳥篭を買い、飼育することになった。
ペット嫌いなボクも「隆子が化身となって喜んでいるに違いない」と信じた。迷信だけでなく宗教さえ冷ややかに批判するボクが、この不思議な現象に直面すると、ひとたまりもなく確信してしまった。長い人生の中でペットが迷い込むという経験は、この時だけである。文鳥の名はタカコと決めた。
小鳥の飼育は意外にむずかしい。その文鳥は半年で死んだ。鳥篭だけが残った。マイとペットショップへ行き、今度はつがいのインコを飼った。本当は猫を飼いたいところなのだろうが、ボクが承知しない。マイは、このインコを「タカ」「チチ」と名付けた。タカは隆子、チチは父のことである。「人間は死んだあと、しばらくは何かに生まれ変わる。うちの場合は小鳥かも知れない」という。よくわからないが、ボクはうなづいていた。人間の世界に常識で判断できないことは多い。
(つづく)
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