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振り返れば楽しきかな我が人生 人生イメージ


結婚恋愛「マイとボク」 -4-
By 千里一歩さん

清水寺にて
     昭和40年清水寺にて
数日後、ボクは社長を仲人代わりにして、彼女が勤めていたレストランの二階を貸しきり簡単な食事会を開いた。 山梨から彼女の父と兄を呼んだ。ボクの勤めている会社をみてもらい、何とか安心してもらわなくてはいけないと痛感したからだ。

彼女の涙が、衝撃的だったこともある。ボクは心の中で、これが結婚式だと決めていた。社長は、この時、すべての費用を、出してくれた。当時の給料は2万円。16,800円というサラリーマンの歌がはやっていた時だ。まともな結婚式を考えたら、いつできるかわからない。ボクは次第に営業成績をあげていた。

社長は東大卒、身長は170以上で俳優のような顔をしている。実家は府中で千坪以上の土地で養鶏場を営んでいる。ところが、大金を投じて当時、銀座のクラブでトップクラスの超美人を妻にしていた。そのため親から信用がなく、一生懸命働く真面目な社員であるボクを府中の実家へ行かせ「真面目に事業しているから百万円貸してもらいたい」などと代弁させたり、静岡へトイレットペーパーの仕入れに行かせていた。

つまり、社長がやるべきことを、ボクがやるようになっていたのだ。少しは面倒みて欲しいという気持ちがある。とにかくマイの親の前でボクのことを褒めてくれればよい。マイの父と兄は相変わらず複雑な面持ちながら一応は安心したようである。社長が「彼は真面目で能力もある。会社も頼りにしている」と話してくれたからだ。それは、そうだろう。社長の父親は息子(社長)よりボクを信用していたからだ。

こうしてマイの実家の認知を受け、マイとの生活がはじまった。多忙だったので入籍届けはマイにまかせ、社長を保証人としてボクも署名、押印し、中野区役所へ届け出た。これが終わってマイは一安心。表情の明るさも活き活きしてきた。

この年はまだ経済不況で「貧乏人は麦を食え」と発言した池田内閣時代。「所得倍増」を公約しして確かにサラリーマンの所得は増え始めたが、それ以上に物価があがりはじめ、2年前からはじまったカラーテレビは、ようやく大阪と中継をはじめていた。東京の人口が一千万人を超えた時だ。

アメリカではJFケネディ大統領が沖縄は日本の領土と宣言、核ミサイル基地を建設中のキューバを海上封鎖、中国がキューバを支持する中、ホワイトハウスとソ連のクレムリンにホットラインが設けられた。ハリウッドスターのマリリンモンローがケネディの誕生日に大観衆の前で「ハッピバースデーツーュー」と歌い、その約三か月後、全裸の死体で発見される。

フアンだった美空ひばりと小林旭が結婚した。オーム真理教が福岡に出来、中国とインドが戦争をはじめた年でもあった。ボクは、ようやく念願の団地向け新聞をつくりはじめた。これが目的で、社員10人の会社に入ったのである。日曜日に出ることもある。そのような時は、マイも会社に来て、レタリングするボクの仕事をのぞいたりした。文京区に支店を出すことになり、マイもそこで勤めることになった。しかしボクは会社のために、トイレットペーパーやインスタントラーメンをトラックに積み、都内の主な団地をまわり販売した。他の社員よりはるかに売り上げ営業も自信がついた。

ボクは、滑り出しはスローだが、道がみえると人一倍、能力を発揮した。いっぽう会社は赤字がふくらみ、ついに社長が手形の不渡りを出した。「どうしたらいいか」と悩む社長に府中の親は冷たい。そのうちボクに社長になってくれといいだした。つまりボクの名前で口座をつくりたいというわけである。しかも美人の妻を連れてきて「女房も協力している。君はみんなに信用されているから、社長になって会社を救ってくれ」という。結婚時の義理もある。「できることがあればやりましょう」という雰囲気になった。印鑑証明を提出した。だが印鑑、サイン判、手形帳、小切手帳は社長がにぎる。

いくら見放された息子といっても最終的には府中の親が尻拭いしがら食事の仕度をしていた。その一瞬「あっ」といってマイが煙草を消した。「煙草を吸うの?」といえば「あははは、ばれちゃった。いままで我慢するのに苦労していたの」と大笑いするので、こちらも思わず笑ってしまった。

じつはボクは、それまでまったく煙草を吸わなかった。中学時代、友人に「おれは煙草を吸う女とは絶対結婚しないからな」と宣言していたし、その主義を続けていた。ところが、デート中まったく煙草を吸わないので、てっきり煙草を吸うとは気付かなかった。しかし煙草ぐらいで文句をいえない流れが出来上がっている。「自分も煙草ぐらい吸ったら」と、あまりにも明るくいわれたので、つい「そうだな。吸ってみるか」とはじめて煙草を口にした。それいらいボクは、ずっと吸うようになり、一日二箱、約40本吸うヘビースモーカーになった。「煙草が有害なら、国は発売禁止にすべきだ」などと話すと、マイも「そうだよ」と喜んだ。マイは中学生の時から、父親の煙草をこっそり盗んで、布団の中で焦がす騒ぎを起こしたことがあるという。いたずら好きの面白い娘だった。 
(つづく)


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